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皆さん、おなかが減っている人が二人いる場面を想定してください。
次の場面は1人が食べていて、もう1人は空腹のままです。
この場合、どちらが賢い選択でしょうか?答えは「食べない方です」なぜなら、今晩神戸牛を食べに行く約束があるからです。
これを賢い選択「Die to
Live」すなわち活きるために死ぬ・・・小さな欲求に死んで、本当に正しいものに生きるということです。(生きるために死ぬことは、自殺を勧めているのでは、ありません。)
例えば、お金と名誉のどちらを取るか、性的誘惑に会う・・・とか、さまざまな選択に面したときに、大きな何かのために小さなものを捨てるということです。
ルカ9:23、24 イエスは・・・言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。」
「自分を捨てる」とは、自分の判断に頼らず、自分の教えに頼らず、父(神)の命令に従うことです。
神戸牛の件ですが、空腹の自分に負けて、ハンバーグなど食べると神戸牛を食べるのが少なくなって、結局損をする訳です。小学校低学年なら自分がどのような状況にあるか、理解できません。理解していない自分を知るということが大切です。
そして、十字架を負い、父の命令に(分からないけれど)従うということです。
山室軍平も、1)罪の自覚、2)罪を悔い改める 3)神に信頼し、神に仕える。と言っています。自分のしたいことをするために小さなことを捨てなければなりません。
1) 自覚・・・・・・・・・・自分は十分に理解していない。
2) 止めたいと思うこと・・・自分はできない
3) 神の助けによってできるようになる。
私たちはつい目先のことに目がいってしまいます。大きな目標のために自我を捨てることです。人間関係を考えてみましょう。二人の間には価値観の違いなどで、心が傷つき、怒りを感じ、喧嘩になったりします。すぐに逃げたいと思い、黙り込む選択がありますが、それは自分の孤立につながってしまいます。
問題に対処することを選ぶなら、として次の二つの選択肢があります。
1) 闘って相手をやっつける。批難、侮辱等をする・・・これは問題を悪化させるだけです。
2)
建設的な話しあい・・・理解があり、お互いが納得いく解決があり、許しあいがあります。そのことから、お互いの関係が以前のものよりもさらによいものとなります。
夫婦関係において、逃げることは、初めの場面の空腹のあまり、神戸牛を食べることを忘れて安っぽいものを食べてしまう・・・これは目先のことしか考えないことになります。
問題に面した時、相手と闘うのも目先のことだけを考えることになります。
反射的に出てくる自分の端的対応に対して、自分は死ぬことを選び(生きるために死ぬことは、自殺を勧めているのでは、ありません。)、互いに会話して相手を理解して関係が成長することを選択しましょう。
内村鑑三はエペソ5:18から、酒を飲むことではなく、酔ってしまうのが良くないと言われます。酒に酔うと行きすぎた言動が出てきます。お酒に酔うとは、外的な刺激によっておこる、行き過ぎた言動や、乱れた行動のことだといいます。
大きな目標のために自我に死にましょう。自分の内側から来る欲求に死に、外的刺激に死に(不健康な外的刺激自体を避けるのも賢明)、主のために歩んでいきましょう。
参考:Winning at work and home, Robert Lewis,
ロマ書の研究 内村鑑三、2002年教文館 p177
山室軍平編集 説教集(下)昭和30年、「山室軍平編集」刊行会 「根本的の救い」の章 |