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マルコ12章の34節で「それから後は、だれもイエスにあえて尋ねる者がなかった。」とありますように、イエスを陥れようとの質問にも歯が立たなくなったので(イエス様の真理の御言葉に律法学者達も太刀打ち出来ません)誰も質問しなくなりました。それで、イエス様の方から質問なさったのです。
キリストはダビデの家系から出ると律法学者達は信じていました。(イザヤ11:1〜5)
この世的にはそうですが、イエス様はダビデ以上の存在であることを示されたのです。
36節にその質問がありますが、これは詩篇110:1の引用です。最初の主は、父なる神様であり、次の「私の主」というのは救い主イエス・キリストのことです。
今日もイエス・キリストを釈迦やマホメットや、中山みき、その他のあらゆる宗教家と同列に考える人が多いです。しかし、イエス様は、「メシヤ(救い主)は確かにダビデの家系から出るが、ダビデの子という呼び方は真に適切ではない」と明言されます。それに神の言葉、聖書では人類の初めから救い主を送ると述べられています。(創世記3:15)
しかも天地創造を父なる神様と共にされた方です。(コロサイ1:16)
私は新興宗教の雑誌に目を通したことがあります。そこの教祖の方は「私は神ではない。綿屋の息子や」と言っておられました。イエス様は最初から最後まで、ご自分を神の子と明言されています。別にいろんな修業もされたことは、ありませんのに・・・・。だからこそ、神の唯一の独り子なのです。そして、イエス様は私達が天国へ行けるように、大いなる犠牲を払って道備えをしてくださったのです。
「群集はイエスの言われることを喜んで聞いていた。」と37節にあります。
私達も心を低くしてイエス様の御言葉を喜んで聴いてまいりましょう。律法学者のように学があったり、この世的に権力がありますと、神のことばを素直に聞けないものです。
あるタレントが「私は(芸の道で)何も分かったとは考えない。」と言われていましたが、この方は謙遜な方と思います。私達も、生きる道、神の言葉、信仰などを体得したと思わず、いつも初心になって学ばせていただく必要があるのでは、ないでしょうか。(箴言10:8)
38、39節では、イエス様が律法学者の悪い点を述べていらっしゃいますが、これを今の私達にも当てはめることが出来ると思います。
「長い衣をまとって・・・」今もきれいなブランド物を着て歩き回る・・・又誰でも、向こうから挨拶されるのが好きです。宴会の上座・・・とは、人に尊敬されたいとのことでしょう。しかし、聖書はへりくだること、人を自分より優れていると思いなさい(ピリピ2:3)と言っています。
又祈りについても述べられています。祈りとは神様にお話しすることであり、いくら、美辞麗句を並べても心を見られる神様は、真実な心からの叫びを受け入れられるのです。
次に献金について述べられています。献金は同じ金額でも、その人の生活の何%かは人によって変わって来ます。貧しいやもめは、全財産、20円位でしょうか、それを捧げたことでイエス様の賞賛を受けます。
私は、いつも什一献金の奨めをしますが、それは天国の住居となり、今の生活の祝福となるからです。(マラキ3:8〜12)
前に聞いたことがありますが、貧しい時は、せっせと什一を捧げますが、その人が祝福されて金持ちになると什一も多くなり、惜しんでしなくなる人があるそうです。どんなときも(逆境の時も、祝福されている時も忠実に神様に従いましょう。そしてイエス様にお会いした時「よくやった。忠実な僕(しもべ)よ。」と言われ、素晴らしい冠を頂こうでは、ありませんか!(マタイ25:21,23)
私がいつも什一のことを何度も言うかと申しますと、天国へ17回も行ってイエス様と会われたトマス・チュナムさんが、イエス様はこうおっしゃったと言うのです。
「什一しない者は、わたしよりも金を愛しているから、わたしの顔を見ることは出来ない」と言われたそうです。私は皆さんと共に天国へ行きたいと願っています。ですから言うのです。
什一して経済の困難を乗り越えた人はたくさんいます。
一つの証を「ハレルヤおばさんの本」よりいたします。韓国が貧しかった時代、白米も十分に食べられない家庭がありました。ある時その家に米が1升程与えられたそうです。そこの主婦は「什一をしなければ」と取り分けますが、「これを子供たちに食べさせたい」と思い又米の袋に入れます。「いやいやそんなことをしてはだめ」と取り分けます。「でも子供たちに食べさせたい」その繰り返しを何回もした後、後ろ髪を引かれる思いで教会に持って行ったそうです。「崔先生、早く受け取ってください。でないと又持って帰りそうです。」
崔先生も気の毒に思い、「持って帰って、いいですよ。」と言いかけますが、ぐっとこらえて受け取りました。そしたら、その家庭は、ずーと白米が途切れることがなくなったそうです。
それから別の話しですが、最近読んだ新聞に寿美花代さんの介護記録が載っていました。
「辛いと思えば、だんだん辛くなる。今自分は世界一幸せだと思って、生きてきたので本当にそうなって来ました」と。今、困難の中にいらっしゃる方も、そのように自分は幸せだと感謝して生きて、幸せに生きていきましょう。
皆様に祝福がありますように。 |