| 2006年10月29日 メッセージ |
再臨の希望 |
| ベテルキリスト教会 牧師 横谷 誠一 |
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マタイ25:1〜13 「そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。」(1節〜4節) イエス様を信じて洗礼を受けたものは世の光とされているのです。然し、油を用意していなければ愚かだと言われるのです。油とは何ですか、ここで言われる油とは聖霊の油です。聖霊の油注ぎを受けないと信仰の火は消えてしまうのです。聖霊の油注ぎは祈りと賛美とみことばと礼拝を通して与えられるのです。 あなたは日々父なる神様と交わっていますか。又油注ぎを受けていますか。 1テサロニケ2:19 「私たちの主イエスが再び来られるとき、御前(みまえ)で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。あなたがたこそ私たちの誉れであり、また喜びなのです」 パウロはキリストに出会ってからは、主を誇り人々に伝道して、主のみ前に信じた人々を自分の誇りとしました。あなたは誰か誘いましたか。伝道しましたか。また主を誇りとする人とはお友達と家族を教会に誘い連れてくるのです。そういう人は「よくやった忠実な良きしもべよ」と主がほめてくださいます。 1テサロニケ4:16−17 「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、先ず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」 キリストの再臨はいつでしょうか。それはわかりません。使徒行伝1:9,10には「イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。イエスが上(のぼ)って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」 キリストの再臨は彼が天に昇っていかれたときと同じ状況でまたおいでになるということです。この場所はオリーブ山でしたから、主の再臨の場所もオリーブ山でしょう。 主の再臨のときは地上に残される人と天に引き上げられる人とがあるようです。二人がいると一人は残され一人は引き上げられるとあるからです。ルカ17:34,35 キリスト教会は救いの箱舟です。人々を教会にキリストの身元に導きたいものです。 |

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