教会礼拝メッセージのご案内


2006年12月3日メッセージ

神が天と地を創造した

ベテルキリスト教会 牧師  横谷 誠一 
 
  初めに、神が天と地を創造した。地は形なく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。そのとき、神が「光よ、あれ。」と仰せられた。すると光ができた。神はその光をよしと見られた。そして神はこの光とやみとを区別された。神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第一日。(創世記1:1−5)。
  1. 神様はだれが作ったのかと言うのは子どもの質問です。誰もわかりません。答えられません。初めからおられたからです。
    しかしイエス、キリストについてならわかります。神から来られた方、父のふところにおられた方とあるからです。(ヨハネ1:18)
    私たちも父、母を通してこの世に生まれて来た者ですが、元を言えば神のふところからこの世に生まれて来た者ではないでしょうか。ですから、私たちはこの世のものであってこの世のものではなく、神のもの、神の子なのです。ですから私たちはこの世の旅路を終えると神のもとに帰っていくのです。御国への案内人はイエスキリストです。(ヨハネ14:6)
     
  2. 「神が天と地を創造した。」とあります。地を創造された神は天も創造されたのです。地上の国籍もあれば天上の国籍もあるということです。
     昔、坂本九が唄った歌に(上を向いてあるこう、涙がこぼれないように、泣きながら・・・一人ぼっちの夜、幸せは雲の上に・・・)この歌が大流行をして大人から子どもに至るまで歌い続けられ、世界中でも唄われた歌で、すき焼きソングといわれました。つらい時悲しいときは上を見上げようというわけです。
    なぜ大流行したのか、それは上(神、父なる神)を見上げる時、宇宙の大きさ、神の偉大さを知ることができるのです。神を父と呼べる人は幸いです。神の愛と慰めを知ることができるからです。
     
  3. ある夏の夕べ、私は娘と淀川の堤防ぞいを散歩に出かけたときがありました。娘が幼稚園児ごろでしょうか、まん丸い月が出ていて静かな夜でした。
    とつぜん娘が叫びだして、「お父さん、お父さん、見てみて、わたしが走るとお月さんも走るよ、わたしが止まるとお月さんも止まった。わたしが歩くとお月さんも歩くよ。ほらほら見てみて」とはしゃいでいた娘も今は大學を出て、高校の英語の先生をしています。懐かしい思い出です。
    上を見ることはすばらしいことです。つらい時悲しいときだけでなく、常日頃から上(父なる神)を見上げて、慰めの人生、勝利の人生、希望の人生を歩んでいきたいものです。
     
  4. *神が「光よあれ」と仰せられた。すると光ができた。* 
    神は天と地とを造られた時まだこの世は暗闇でした。神が「光よあれ」と仰せられて光ができたのです。現れたのです。神は光を必要とされたのです。

 光とは
 1.神ご自身が受けられる栄光です。(詩篇19篇)
 2.この世においての光です。神ご自身の支配です。
   また愛であり。真実です。(ヨハネ1:1−5)
 3.明るい所、温かい所に人々は集まります。
   家庭においても社会においてもそうありたいです。
   キリスト教会は神の家族としてその見本を示す所ではないでしょうか。
 


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