教会礼拝メッセージ要旨


 
2007年1月21日メッセージ

命の息を吹きこまれた人(創世記2:7)

ベテルキリスト教会  牧師  横谷 誠一
 
  1. 最近は各駅のターミナルに、空港に、客船に、発着ロビーなどに心臓蘇生装置を置いているそうです。人が倒れて心臓が止まっている場合、誰でもマニアルにしたがって装置すれば使えるのだそうです。
    昔は、蘇生装置は医師免許を持っているドクターだけが使用できたのですが、それではいざと言う時にはまにあいません、人が倒れて心臓が止まっていたら、1分1秒争う出来事です、救急車が来るまで3分から5分、それから病院まで5分から10分、最近はドクターを乗せた救急車もあるそうですが、それでも処置が早ければ早いほど人の命が助かる率が高いのです。まさしく人の命は心臓と息にかかっているのです。
     
  2. 創世記2:7「その後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。」とあります。
    「土地のちりで人を形造り」とありますが、これはごみで人を造ったという意味ではないと思います。人体の細胞は数十兆から出来ているので、世界の人口のさらに1万倍にあたります。ちなみに世界の人口は65億人です、それほど人はたくさんの細胞から造られ成りたっているということの表現でしょうか。
    また1人の人の魂の尊さは全人類に匹敵するといった人もいます。それ程人のいのちは尊いのです。また人の体は10年で一通り体の細胞が入れ替わるとも聞きました。毎日出る体の垢はあたらしい細胞と古い細胞のいれ代わりの証拠でしょうか。
    人類最初の人アダムの創造は、「神が赤ん坊から人を創った」とは書いてないのです、最初から大人として造られたようです。ですが、よく考えてみてください。神の息がかけられていないアダムは、人であってまだ完全な人ではないのです、人とは神に一番近い人格を持った人が人です。それは、心において、考えにおいて、行いにおいて、魂において、神のものであり、神に近づいていなければなりません。
    一般に言う動物、人に近いお猿さんを見ると、サルは神を知らない、心で神さまと祈れない、神との交流できない、神を父と呼べないのがサルです。人とは、神がアダムの鼻に神の命の息を吹き込まれたので、人は生きた者となったのです。この生きた者と言うのは、神の霊が、神の息が人の霊に入り、人を生かすのです、そして人は生きた者となるのです、人には神の霊と言うものがあります。神の息がかかっているのです。人には神の霊があるので神様と祈れるのです。しかし霊が人の罪のために死んでいては、人が生きていても本当に生きた人とはいえないのです。またわれらの創造者である神様がわからないのです。
    しかし、神の息はあなたを生かし、神の霊はあなたを目覚めさします。この息というのは聖霊のことを言っているのです。この聖霊は、神の御霊、いのちの御霊、人の罪を聖めてくださる方、この御霊が人を本当に生きたものにしてくださるのです。この神の聖霊はお金では買えないのです。神が無代価で与えて下さるものなのです。条件は「神である主、イエスキリストを信じることと、我らの導き手」である、聖霊を認め、その聖霊を求めることです。そうすれば与えられます。マタイ7:7
     
  3. 聖書のことば「もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。
    もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。」ローマ8:9−11

    参照、アモス5:4。エゼキエル37:1〜10、14。
     
 

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