教会礼拝メッセージ要旨


 
2007年4月15日メッセージ

汚れた霊を追い出す権威(マルコ6:1〜13)

ベテルキリスト教会  横谷 純子
 
 イエス様が郷里に行かれて会堂で教え始められると、人々はイエス様の力あるわざに驚いたのでした。しかし、この驚くべき神のわざを郷里の人々は神のわざと信じたり、悟ったりしませんでした。このナザレの村の人々は、今、力ある業をされているイエス様より、始めに見た子ども時代のイエス様が連想されるのでしょう。人間は始めにインプットされたものが、強く印象に残る性質がありますね。
けれど、イエス様は新しいことをされるし、それを望んでいらっしゃいます。(イザヤ44:19、第2コリント5:17、ガラテヤ6:15)
私達は前の通りとか、従来の方法とかにこだわらず、新しく創造的にものごとを見たいものです。人物も「あの人は前こんなに悪かった」とか「こんなに悪いことをされた」とか思わずに新しい気持ちで見ましょう。
 5節、神の力あるわざは、神ご自身だけで実現されるものでは、ないことが解ります。私達は神様から人間だけに与えられた特権「自由意志」を与えられています。神様はそれを尊重されるので、その人の意思と合わなければ、何も行われないのです。
 7節、12弟子に「汚れた霊を追い出す権威をお与えになった。」とありますが、イエス様は今も私達に同じ権威を与えてくださっているのです。そのためにイエス様は十字架にかかり、また復活してくださったのです。汚れた霊を追い出す権威が与えられているということは、悪霊、サタンがこの世にいるということです。それと闘って勝利をするためにイエス様は十字架の刑罰より復活なさったのです。
サタンは、はじめ天使の長ルシュファでした。(エゼキエル28:1〜17、特に14〜17)が、高ぶった為、地に落とされてしまいました。皆さん、高ぶらないようにしましょう。また自分を大きくせず、イエス様を大きくしましょう。自分を大きくすると「臭い」という字になります。イエス様を大きくすると「義(ただ)しい」となります。
ある人は、自分が世の中で認められようと必死になります。けれど私達は主に認められているのです。「あなたは価値があって尊い」と言ってくださるのです。ですから人に認められようと努力しなくてもよいのです。然しまた聖書はキリストに仕えるなら人にも認められる(ローマ14:18)と教えています。
人間はサタンよりも弱いですがイエス様はサタンより強いのです。ですから、イエス様に繋(つな)がっていたら何も恐れることはないのです。
けれどもサタンはずる賢く、私達のスキをついてきますから、いつもイエス様の武具で武装しておかなければなりません。(エペソ6:11〜17)私達の戦いは血肉を持った人間でなくサタンと闘うのです。もし、人が腹立つことを言っても、その人に腹を立てたりせずに背後で操るサタン、悪霊に対して怒るべきです。陰でその人を惑わす、悪しき霊をイエス様の御名によって追い出すのです。その人の前でそんなことをしてはいけません。シンデイー・ジェイコブスという有名な女預言者が若い頃、預言的な祈りをし、それわ悪霊つきと間違われて悪霊追い出しを5時間もされたと本に書いてありました。
また愛はサタンの働きを止めます。(ローマ13:10、マタイ22:36〜40))先ほど読みましたエペソ書から、サタンは、武装しているクリスチャンには、太刀打ちできません。(祝福の例)
エペソ6:14「真理の帯」 腰は力を最大限に発揮できるところです。神のみ言葉の真理に立つことです。「正義の胸当て」心臓を保護するのが胸当てです。私達はイエス様の身代わりによって義とされたのです。(第2コリント5:21)
 15節 「履物(はきもの)」精鋭の兵士は物騒な火の中、嵐の中やぬかるみを歩いていく時があります。そこを通過すると勝利を得るからです。どんな時も神の愛に満たされる必要があります。スミス・ウイグルースは「壁に投げつけられても、足で踏まれても、手荒くひねられても、どんなに虐待されても、そこから出てくるのは、神の愛だけです。愛は決して絶えることがありません。(参照第1コリント13:8)」と言っています。
 17節「救いのかぶと」かぶとをかぶっていると、頭脳が守られます。Tコリント15:2)救われるとは健康で、健全な考えで、経済的な祝福を受けることです。ある領域で、神がその領域について語られている、み言葉を忘れたなら私達は敗北するのです。ですから、み言葉を受けいれ続けて盾にしなければ、なりません。
17節「剣」剣だけが攻撃する武器です。どのみ言葉をいつ、どのように用いるかを知ることによって結果を期待できます。(箴言4:19〜23)
また、前に証しましたように、「神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げていきます」(ヤコブ4:7)神様の戒めの中をしっかり歩むと共に悪魔に立ち向かっていかなければ悪魔はどんどん侵入してくるのです。思いを通して・・・。否定的な思いは、サタンからきます。祝福に満ちた聖書の言葉をいつも信じていきましょう。たとえ、現実が神の言葉と違っていてもです。
神の武具も結局は愛です。愛はサタンの働きを止めるのです。(気難しい患者を祝福した、ある看護婦の証、吠えたける犬を祝福して、おとなしくなった犬)
8節、旅(伝道旅行)に行く時の注意をイエス様は述べられています。・・・当時のユダヤ人社会では、旅行者をもてなし、衣服や食物を与え、宿を供する習慣があったことを背景にかたられている。・・・(チェーン聖書欄外注より)ですから、現代は全くこの通りにはいきません。しかし、主を述べ伝える為に出かけるとき物質的なものは、添えて与えられるから(神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべてあたえられます。マタイ6:33)「あんまり心配しないで行きなさい」という意味は今日も当てはまります。
今日のテーマは、汚れた霊(悪霊)を戦い追い出すことですが、その方法は愛によるということです。
皆さん愛し合いましょう。第1コリント13:4〜8をご一緒に読みましょう。
 
 

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