教会礼拝メッセージ要旨


 
2007年5月20日メッセージ

経済の祝福(マルコ6:14〜44)

ベテルキリスト教会 横谷 純子
 
マルコ6:14〜29
ヘロデヤは夫を捨て、娘サロメを連れて国主ヘロデ・アンテパスと結婚しました。このことをヨハネは非難します。(18節) 王様に対して、このように忠告するとは、なんと勇気のある人でしょう。ヘロデはヨハネのいうことが正しいので保護を加えていますが、ヘロデヤはヨハネを殺したいと思っています。(19,20節)
そして丁度良い機会がやってきます。ヘロデの誕生日の祝宴の時、ヘロデヤの娘の踊りにヘロデは「何でも欲しい物を与えよう」というのです。23節に「国の半分でもあげよう」とありますが、この言い方は気前の良さを表現する言葉で当時の王達は、よく使ったそうです。この娘も「ヨハネの首を」と・・・何と言う娘だろうと思いましたが、今の世はもっとひどいですね。15日のニュースで「高校生が自分の母親の首を持って警察に自首してきた」とありましたね。
ヘロデ王はヨハネを生かしておきたかったけれども、聖人の命の尊重よりも、自分の言ったことを優先させてヨハネの首を切ってしまいます。ヘロデは自分の言ったことを後悔したでしょうが、プライドの故に実行してしまいます。プライドはよくありません。サタンも自分を高ぶったプライドの故に地に投げ落とされました。
ここで、皆様、もし自分の言ったことでも間違っているなら、撤回する勇気が必要です。私の記憶にも、自分の間違いに気づいたけれど撤回しなかったことを1度思い出しています。
31〜33節リバイバルの様相です。リバイバルが来ると、多くの人が来るので忙しくなります。イエス様は弟子達のことを「寂しい所へ行って、休みなさい。」と気遣っておられます。しかし、その所にも人々は押しかけてきました。
霊的に求めている人々のことをあわれみ、いろいろ教え始められます。そして時刻もおそくなったので、弟子たちは、「解散させてそれぞれ食事をさせましょう。」と言います。ここでイエス様の素晴らしい愛と力を見ることができます。イエス様はお弟子さん達に「あなたがたで何か食べる物をあげなさい」と言われます。
「エー」弟子たちは、とても出来ないと言います。イエス様は「有る物」を用いられます。ヨハネ6:9には少年が5つのパンと2匹の魚を差し出したと記してあります。ここから少しのものでもイエス様に差し出す時、多く与えられるということを学んだことがあります。
群集は男5千人ですから、女、子どもを合わせると15,000〜20,000人、居たと思われます。
41節で「天を見上げて祝福を求め」とあります。この意味が、B.F.P(ブリッジス・フォー・ピース)のオリーブという雑誌に丁度載っていました。日本語訳では「食物を祝福してください。」と祈っているようですが、(特にマタイ14:19)原語では食物をお与えになった神を褒め称えておられるということだそうです。
そして、無から有を造り出される(ローマ4:17)神様は、わずかの食べ物からも幾万倍にも増やしてくださる方なのです。イエス様は今、目に見えませんが十字架より復活なさって現実に働き、助けてくださっているのです。
「御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。(ローマ8:32)」

私達は、羊のように近眼で、今のこの時の状態しか、わかりません。現実を見て、否見すぎて悲観し、落胆するのです。今日皆さんと私はこのみことばを、しっかり心に入れ信じて歩みたいものです。
日本の憲法を見ましても、いろんな自由や権利、保障があります。しかし国民の義務も載っています。
勤労の権利と納税の義務があります。
私達、イエス様を信じるものは、この日本国籍のほかに神の国の国民となっています。
そして神様の測り知れない恵みに預かることが出来るのですが、守るべき義務もあります。義務を守る時、神の祝福は川のように流れてくるのです。
今日のテーマは「経済の祝福」ですから、経済に絞って学びたいと思います。
聖書は「与えなさい。そうすれば与えられます。」が原則です。箴言11:25を実行して結婚相手を見つけた人を私は知っています。
これから読む御ことばは実行しておられる方もあるし、その御言葉を初めて読む方もおられるし、知ってはいるが実行できない方もおられます。
マラキ3:8〜11です。
十戒に「盗んではならない」とありますが、神のものを盗んでは、祝福が逃げていくのです。
神様は貧しくてそう言われるのでしょうか? 天地万物を造られた神様は豊かな方であり、貧しい方ではありません。私は教会の財政のために言っているのでしょうか?違います。確かにこの教会は経済的に困ることもあります。しかし神はその必要を思いがけないところからいつも満たしてくださいます。
イエス様は私達の心を見られます。ある本にイエス様が「什一しない者はわたしより金を愛しているから、わたしの顔を見ることが出来ない」と言われたと記されています。私は信じます。
什一をして祝福されましょう。私の家も細々と暮らしていますが、什一をしているお蔭で時々思いがけないところから、与えられ必要が十分に満たされ続けています。
先週でしたか、証がありましたね。「子供が就職して初任給のいくらかを親にくれたと。親は嬉しくて何倍にもして返そうと思った。神様も同じであるとわかった。」と言われていました。
本当に神様は愛する私達のことをいつも守ってくださいます。
韓国のソンシン先生は、「無い時は食べなかったらよい」と言われていましたが、先生自身が経験されたからそのように言われているのです。お金が無くて、米が買えない時は、待っているほうがよいようです。
ヘタパンやメリケン粉で代用していると、神様は「それでいいんだな」と思われます。食べずにじっと待っていたら、主は私達を飢え死にさせる方ではありませんから、必ず与えてくださいます。ある人は「神様がくださらなかったら、死ねと言うことだから死にます。」と言われた方があります。しかし、必ず与えられるそうです。私どももあまり待たなかったので、貧しい食生活で過ごした時期もありました。
しかし、また神様を第一にして歩んだ時に、すばらしい祝福に預かったこともおおくあります。
皆様、神のものは神に返し、又神様の事業に投資して豊かな人生を今日から歩もうではありませんか。
神戸のルーテル聖書学院の当時の院長先生のメッセージに「人間が悔い改めるのが、1番遅いのは財布だ」と言われました。「ちいさい事に忠実な人は、大きいことにも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。(ルカ16:10)」小さいことって何でしょうか?それは、お金だそうです。この世で生きるのに必要なものはお金です。そのお金を、忠実に管理できる人が、天国でもっと大きいものを任されることが出来るのです。
皆様、小さい事(お金)に忠実になって「よくやった。よい(しもべ)よ。」と言われるようになりましょう。
 

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