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「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です」(1コリ13:13)
私たちは日常だれでも目に見えるものだけを追いもとめているような気がするのですが、目に見えなくても必要なものはおおくあります。「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。」これらのものは目に見えないものですが人生においても社会においても非常に大切なもので必要なものなのです。
一、 信仰です。
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まずキリストは信仰的な方でした。[できるものならというのか信じるものにはどんなことでもできるのです]といわれました(マルコ9:23)
キリストは信仰的な方であると共に創造的な方でもあったのです。創世記1:1・
5つのパント2匹の魚で5千人にパンと魚を与え。マタイ15:32−38
- 信仰とは創造的に考え、創造的に見るものです。
聖書は「まだ見ていないものを確認するものです」といっています。ヘブル11:1
また信仰とは創造的に語り、創造的に告白して、創造的に行動するものです。もうすでに得たかのごとく振舞うのです。そうするとそのようになっていくのです。
例、長血の女るか8:43−48
二、 希望です。
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希望の反対は失望ですが失望していては前進できません。何事においても、どんな状況に遭遇しても人は希望があると前進できるのです。
例 ギデオンの有志達。士師7:2−23
ダビデとゴリアテ。1サムエル17:41−45
キリストは希望の方でした。神の子である私たちは何事も希望を持って生きるのです、行動するのです。たとえ、目が見えず耳が聞こえず、手足が無いとしてもです。
例
レーナマリヤさん。健常者でも失望していてはすばらしい人生を送ることができず。希望の無い人は不幸せです。しかし、人に希望があると勇気が与えられ幸せを生み出すのです。
三、 愛です。
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神ご自身は愛そのものでした。キリストご自身が神の愛を顕された方だったのです。ご自分の身をささげるほどに人々を愛されたとあります。キリストの十字架は神の愛そのものでした。
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世界中の人がキリストの愛を現せば戦争、争い、殺人は起きないでしょう。また社会において、家庭においても、学校においても職場においてもこの神の愛が必要ではないでしょうか。世の中に愛がなければ家庭において社会において砂漠のようになることでしょう。
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