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今日の箇所は2つの出来事が記されています。
24〜30節 ギリシャ人の女性が小さい娘のいやしを求めてイエス様の所へ来ます。
この箇所は、熱心に求める人に対して、冷たいイエス様の態度が記されています。しかしこの女性はめげず賢い答えをして、最後にはイエス様から癒しをいただきます。
同じ箇所がマタイ15:21〜28に出てきます。
このところでは、この女性がイエス様のことを「ダビデの子」と呼んだがために、間違いを正す為に沈黙を守られたというのを聞いたことがあります。ある時イエス様はパリサイ人達が「キリストはダビデの子」という答えに対し、詩篇(110:1)からそうではないと示されました。(参照マタイ22:41〜45)
確かに系図ではイエス様はダビデの子孫ですが、イエス様はマリヤとヨセフが結婚する前に聖霊によって身重になったとあります。今のように出来ちゃった結婚では決してありません。当時のユダヤは大変道徳的に厳しいものでした。ですからダビデの子孫ではありません。ここの箇所から、主にお願いするときは、神様を正しく認識する必要が有ります。
27節でイエス様は、先ずイスラエル人を救う、養わなければ・・・と言われます。このこともマタイ10:1〜5に記されています。
十二弟子に汚れた霊を制する権威を授けられますが、「サマリヤや異邦人の道に行ってはいけない。イスラエルの滅びた羊のところに行くように」命じられます。しかし、後にイエス様はサマリヤの女に伝道されます。そして、イエス様が十字架から3日目に復活された後に「全世界に出て行って福音を宣(の)べ伝えなさい。」と命じられ、それと信ずる者には12弟子と同様の権威をくださったのです。イエス様が初め、「イスラエルから」と言われたのは、私達が 先ず自分の家庭から伝道しなさいということのように思います。
話しを戻しまして、スロ・フェニキヤ生まれの女性は、何としても娘を助けたい一心で「子犬でも食卓から落ちるパンくずはいただきます」とすばらしい答えをするのです。私は、こんな氣の利く答えが出来ないでしょう。この女性の精神状態を考えてみたいと思います。イエス様の言われたことを、すべてアーメン(そうです)と受け入れているからこのようなことばが出てきたのでしょう。
私達がどんな逆境にあっても、そこから希望を見出すことはとても大切です。今、肉体的、経済的また人間関係で困難な中にいる方々も、何とかして肯定的に考える必要をこの箇所から学ばされます。そしてイエス様から「あなたの信仰は立派です。」(マタイ15:28)とほめられ癒しをいただきましょう。
32〜37節 耳が聞こえず、口のきけない人をイエス様が癒されたところです。
今私達は、目が見え、耳も聞こえます。では、心の目、耳はどうでしょうか?
肉体の視力や聴力には、人によって差があります。私も小学校の頃から、近眼でした。(遺伝かどどうかわかりませんが)また耳も聞き違え、レジの人の言う料金を聞き違える時があります。これは年のせいでしょう。私達の霊の目、耳も遺伝で聞こえなくなっている場合もあるのでは、ないでしょうか?
霊的な遺伝について考えてみましょう。
私達の家系が偶像礼拝していたなら、出エジプト20:3〜5にありますようにその咎が3,4代にも及ぶのです。そして霊の目、耳に覆いがかぶさります。顔におおい(ベール)がかぶさっていると良く見えません
(第2コリント4:12〜18) しかし、感謝すべきことに、イエス様の権威によってそこから解放されます。
ハレルヤ!
*次に人を憎んでいると盲目になります。第1ヨハネ2:11をお読みください。
人を赦す方法を,2,3知っています。
1つは、十字架上でイエス様が「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:4)
2つ目は牧師先生が聞いていらした話ですが、その人を見ずにイエス様を見ていたら赦せるようになるそうです。
3つ目は「あんな言動を取ったのは、○○だからや」と良い方に、相手の立場に立って考えることでしょう。
*霊的に覆いがかぶさっている3番目のことは、不品行からです。結婚外の交渉から、悪霊が入り盲目になります。しかしこれも感謝なことにイエス様によって解放されます。
4つ目は、誇り、プライドです。それがあると顔に覆いがかかっていて良く見えません。
また、お金が好きな人,好色気味の人も気をつけましょう。
これらのことを足場としてサタン、悪霊が侵入してくるのです。日本人なら、ほとんど偶像崇拝の遺伝を持っているでしょう。しかし、イエス様の権威を使うなら、サタンや悪霊は逃げていくのです。しかも一つの道から来て七つの道から逃げていくのです。七つの道から逃げていくというのは、慌てて逃げることです。また憎しみを持っている人、不品行を犯した人それぞれ、真剣に祈りましょう。真剣に祈るとき解放があります。
パウロはエペソの聖徒達に「あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか・・・」(エペソ1:18) と言っています。
これを毎朝、告白しなさい。と言われた方があります。18,19節をご一緒にお読みしましょう。
今日の箇所は2つの癒しが出てきます。
1つは悪霊からの解放。もう1つは耳が聞こえず、口のきけない人が癒されたことです。今の医学では不可能なことです。しかし、イエス様は癒されます。こういうことが現代も起こると思われますか?
起こるのです。なぜなら、イエス様は変わらない方だからです。(ヘブル13:1)
お医者さんも、よい医者と、そうでない方がいます。医者が不可能と言っても、治る場合があるのです。私の足も、6年半前に大きな病院で診てもらったら「あんたの足は、加速度的に悪くなって10年後には歩けなくなる」と言われ、手術をするように言われました。手術は、いろんな理由でいやだったので、神様の癒しを信ずることにしました。そうして待っていると、よい医者にめぐり合い、またイエス様によって足の骨が元のほうに戻ったり、筋肉が強くなったりしました。加速度的に悪くならずによくなっています。
皆さん、お医者さんに否定的なことを言われても私たちは、とても素晴らしいお医者さんであるイエス様が主治医なのです。もちろん上田先生を始め、よいお医者さんも、一杯いらっしゃいます。私達の肉体は、やはり専門的な人に診断して貰って、信頼するお医者さんと、イエス様によって「治る」と信じていこうではありませんか?
もう1度、エペソ1:18,19を読んで心に銘記しましょう。
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