教会礼拝メッセージ要旨


 
2007年7月29日メッセージ

幸福の秘訣 (ルカ19:1―10)

ベテルキリスト教会 牧師  横谷 誠一
 

 それからイエスは、エリコにはいって、町をお通りになった。そこにはザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。
彼は、イエスがどんなお方見ようとしたが、背が低かったので、群集のために見ることができなかった。それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。
イエスはちょうどそこに来られて、上を見上げて、彼に言われた。「ザアカイ、急いで降りてきなさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。
これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」といってつぶやいた。ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人に施します。まただれからでも、私がだまし取った物は、4倍にして返します。」
イエスは彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子ですから。人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」

  1. エリコに住んでいたザアカイという人物の登場です。彼は取税人のかしらで、金持ちであった。とあります。今で言う税務署の役人でそこの所長ですよ。そして金持ちであった。いいですね。お金と財産はあるし税務署の所長という名誉もあるし。なに不自由なく暮らしている人であったが、なぜか人から嫌われ者であったので孤独な人でもあったのです。彼の性格はワンマンであり、頑固であり、人に対する情けなく。冷酷な人でもあった。神を神との思わず人を人とも思わず自分さえ良ければよいと思っている人でもあったのです。この人にとっては金と財産が全てであり、金儲けの為なら人の嫌がることでもなんでもする人であったらしいのです。しかし人は金があっても神とのつながりがなく、人とのつながりがなければ実に孤独で寂しく心に隙間風が吹くような状態です。彼にあるのはむなしさだけです。ザアカイの神に対する無関心、また人に対する冷酷さはそのまんま自分に返ってくるものでした。この世の中にもそう言う空虚な人が沢山いるのではないでしょうか。
     

  2. その点イエス、キリストというお方は住む家もなくお金もなく、なにも無い人でしたが。イエスのそばにはいつも人がいてイエスの行かれるところには必ず人もいたのです。そのまわりには何十人何百人の人々が集まっていました、またイエスについていきました。ザアカイはそんなイエスさまのその人柄、人気の秘密を探りに行ったようです。しかし残念ながら背の低いザアカイには人々のためにイエスを見ることができなかったのです。皆さんも周りの人を気にするとイエスさまを霊的に見ることができません。ザアカイのように何とかイエスを見ようとしてください。イエスの方から声を掛けてくださいます。ザアカイはいちじく桑の木に登ってでもイエスを見ようとしたのです。大勢の群衆がいる中で、そのちびのザアカイにだけイエスは声を掛けてくださったのです。その努力を買われたようです。人は背丈とか体格で学問だけではイエスから声を掛けてはもらえません。礼拝、祈り、賛美は人を見ないで心からイエスを見るようにしたいものです。
     

  3. ザアカイはイエスに声を掛けてもらった時、すぐに自分の家にイエスをお招きしました。私たちもすぐに私たちの心にイエスをお招きしたいものです。イエスをお招きしたザアカイに起こったのは悔い改めと改心でした。
    19:8−10(ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人に施します。まただれからでも、私がだまし取った物は、4倍にして返します。」イエスは彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子ですから。人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」

     

 

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