「私はシャロンのサフラン、谷のゆりの花、
わが愛する者が娘たちの間にいるのは、いばらの中のゆりの花のようだ。」 |
| 雅歌2章1、2節 |
- サフランとはイエス・キリストのことをいっておられ、キリストの雛形でもあるのです。
まさしくキリストは、シャロン平原に咲く花のようだというのです。イスラエルにあるシャロン平原は雨が降らない期間は砂漠地帯ですが、ひとたび雨が降るとシャロン平原一帯にサフランの花は咲き乱れるのです。サフランは薬となり、また染料にもなるものです。この干からびた世の中にあっても聖霊の雨が注がれると喜びの花が、信仰の花が咲き乱れるというのです。
また私たちを神に喜ばれる者に染めてくださるというのです。
- 谷のゆりの花。ゆりはいい薫がします。人目につく庭に植えられたリ、家で活けてもらってこそ本来の価値のあるものです。
しかし谷底で咲く百合の花は咲いて人目につかない、人の目に留められない、実に孤独な花でもあるのです。これは人が植えたのではなく、主が植えられた花だったのです。キリストご自身がそのような孤独なゆりの花のようであったというのです。
また私たちもキリストにあるならば、世の中の干からびた砂漠のような人々の中において、谷底で咲くゆりの花のようですねというのです。たとえ人々に認められなくてもです。主が植え主が認めてくださっているのです。
また谷底のような暗い人生を歩んでいる人であっても、あなたはキリストを通して、その人を慰めまた癒してあげることも出来るというのです。
- いばらとゆりとは全く性格の違ったものです。花は花でもいばらはそばを通る人を引っかきます。
しかしゆりは、たとえ踏まれても、いい香りを放ちます。あなたが主のゆりであるならば、穏やかな、ほほえみを人々に振りまくことができます。キリストがそのようであったように、あなたも人々の中において微笑を振りまくゆりの花のようだというのです。
あなたは今、花にたとえると、ゆりですか。それとも、いばらの花ですか。神に喜ばれるのはキリストにあるゆりの花です。
「私の愛する方は、私に語りかけて言われます。わが愛する者、美しいひとよ。さあ、立って、出ておいで。」
雅歌2章10節
- 「わが愛する者、美しいひとよ。さあ、立って、出ておいで」
これは、神様の招きです。いつでもどこにおいても神の前に出てくることを神は願っておられるのです。今日、皆さんは神の招きに聞き従っておられるから感謝です。神の子は神のみ声に聞き従うのです。
賛美歌192
- 「シャロンの花イエス君よ、わが内に開きたまえ、よき香り麗しさを、我に分かち与えつつ
*(折り返し) シャロンの、花イエスよ わが心に咲きたまえ、
- シャロンの花イエス君よ、汝が香り放ちたまえ 我がことば行い 皆、汝(なれ)の如くになるまで
*折り返し
- シャロンの花イエス君よ、病むこの身いやしたまえ、罪を消す恵みの露、我を聖(きよ)め潤して、
*折り返し
- シャロンの花イエス君よ、地の上をおおいたまえ、地の人の皆ひれ伏し、汝を「主よ」と呼ぶ迄に
*折り返し
|