教会礼拝メッセージ要旨


 
 2008年2月17日メッセージ

主のみ旨

ベテルキリスト教会 牧師 横谷 誠一
 
創世記 1:26〜28
 26節で神は「われわれに・・・」とありますが、これは神様が3つの位格を持っておられる方、すなわち父なる神様、イエス様、聖霊様を指してを顕わし、一人の方であります。教会では三位一体と言っています。
「われわれに似るように」とは、神様の御性質に似るものとして私達人間は造られたのです。
そして地をはう、すべてのものを支配させよう」といわれていますから、地を這うものとはヘビ、すなわちサタンも支配することができるのです。神様を恐れ、我々はキリストにあってサタンを踏みつけることが出来るのです。

 しかし、人間は偶像を神様と思って拝むのです、この行為はサタンを喜ばせているのです。
このたび新城教会での3日間の学びはサタンの策略に打ち勝つための方法として、とても良い霊的なセミナーでもありました。
その学びの中で、古代の人々は山の上の大きな石や岩に霊をおろす。(神の霊と思っているが、それは悪霊なのです。)そして山まで登って拝んでいたけれど、里に居ても拝めるように、その岩の霊をうつし、神社を作りました、また「とりい」をくぐれば岩の神(悪霊)と出会うようにしたのです。仏壇も同じような意味だそうです。中は何もありません。

 しかし、サタンは人に拝まれるのが大好きで、自分が神になりたく思っていますから。それで人にうまく取り入るのです。
 イエス様が十字架にかかられたのは何の為ですか?
神はノアの時のように一掃して人を作り直すこともできるのです。それなのに神の子であるキリストがこの地に来られ人々によって苦しみを受け十字架にかかられたのには大きな意味があると思います。
イエス・キリストは死なれましたが3日目に復活をされました。それは私達も、イエス様と共に復活し、神の子とされ、神の栄光を受ける為でもあったのです。
また罪に対しては人が毎日お風呂に入るように、いつも聖霊様に清められなければなりません。
 1週間前、お風呂に入ったから、きれいということはないでしょう。そのように私達は毎日聖霊様に満たされる必要があります。聖霊様に満たされる時、清められ人を赦すことができます。
私は、いつも「アバ父よ、アバ父よ」と祈っています。

 祈りは神様と自分との会話です。携帯電話がどこでも通じるように、神様に集中して祈るなら神様に届くのです。
私達はイエス様に似た者として造られています。ですから聖霊に満たされ、病を癒し、災いから解放されましょう。
 今、私達を束縛する先祖の偶像の霊をイエスの御名によって断ち切りましょう。
 

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