- 律法と法律について、律法は神からの戒めであり、法律は人々が協議をして決めた決まりです、これはどちらも人を縛るためにあるのではなく、どちらも人が安心して平和で、幸いな一生を送るためのものです。
例えば法律で40キロと定められた道路は40キロが安心して走れるもので、それ以上は危険で、事故を起こす事になりますというものです。
法律は罰金をとるためのものではなく人々が安全と安心のためにあるのです、罰金をとるのはその人に反省を促し定められた法律を守るようにするためのものです。
- 律法で「安息日を覚えて聖なる日としなさい」というのがあります、1週間のうち6日間は働きなさい。しかし7日目は安息日としなさいというものです。
キリスト教会では日曜日が安息日です。ユダヤ教では土曜日が安息日です。イスラム教では金曜日が安息日になっているのです。安息とは息を安らかにすると書きます。これは体の休息と共に心の休息、たましいの休息のことをいっているのです。
人には霊と心と体があります。人は疲れるのです、肉体が疲れ、人間関系で疲れ、いらいらし、心配もして病気になるのです。心も、体も病む前に休養して回復しておきなさいということでしょう。そうしてこそまた働けるのです。心の休息は教会にあります、礼拝に中にあるのです、また賛美の中にあり、神への祈りの中にあるのです。それは神の聖霊が働かれるからです。
例 アメリカでゴールドラッシュがあったときのことです。金塊が見つかったというニュースです。そのところに一番早く着いた人に金鉱の採掘の権をあたえるというものでした。みんなは我こそはというので幌馬車を進めました夜も昼もです。その中でクリスチャン家族が安息日を守り、その日は馬も馬車も休め、馬には休養を、馬車は点検整備をしてまた月曜日から馬に幌馬車を引かせて出発しました。他の幌馬車隊は休みなく走らせたため車輪は壊れ馬も疲れ、途中でリタイヤするもの多く、そんな中無事に着いたのは安息日を守った家族だったのです。
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殺すな。− 確かに人も自分も殺してはならないのです。ですから自殺は造り主である神に対して大きな罪なのです。それは人も自分も神の作品であり神が最も愛しておられるものだからです。神が人を愛し造られたものをこんなものといって殺すのは神に対して、また自分の生みの親にたいして大きな侮辱になるのです。ですから絶対に人も自分も殺してはならないのです。
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盗むなーイスラム教では人のものを盗んだ手は切り落とされてしまうのだそうです。ですからイスラムでは盗人、強姦、殺人、自殺はないといわれています。日本ではどうでしょう、かっぱらい、万引き、殺人、自殺などが多いです。
もっと規律を守り隣人を愛し、自分をも愛してほしいものです。そのためにも神の福音は大切だと思います。もっともっと、神の愛と、この良い知らせを人々に伝えて行きたいものです。そのことを通して、神の国とその義が来るのではないでしょうか。神の国はあそこにある、そこにあるのではなく、実にキリストを信じる人々の中にあるのです。
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