| 2008年6月1日メッセージ |
喜び溢れた教会(ローマ14:17〜18) |
| ベテルキリスト教会 牧師 横谷 誠一 |
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「胎児は母親と同じ心を持っている」と言われます。母親が不安を持つなら、胎児も不安になるというのです。母親が悲しんでいたら胎児も悲しんでおり、母親がイライラしていると胎児までもイライラしているそうです。 そのような状況で生まれ出た子は、やはり不安とイライラを思って生まれ出るといわれています。また、生まれ育った環境や家庭が悪ければその影響は大きく、それによっても、その子供の心はゆがめられ性格もゆがめられて育つので、やがて手のつけようのない悪い子になっていくのだそうです。ですから親の心、性格や環境、家庭がいかに大切かがわかります。 私たちの神様は、いつも平安であり、また喜びを持っておられ方ですから、私たちが神様の中に居るかぎり、いつも平安があり喜びがあるのです。 「神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです」(ローマ14:17、18) 私たちは飲んだり食べたりすることは大好きです、それは人は生まれながらの肉の人だからです。しかし真の喜びは、義と平和と聖霊による喜びであると聖書は言っているのです。 皆さんはいつも聖霊による義と平和を持っておられるでしょうか。いつもキリストに繋がっている人は神との平和を持っている人です。キリストを持たない、つながっていない人は神の義も平和も持っていない人です。わたしたちの中にキリストがおられるなら、それが神の義であり神の平和なのです。 この17節にある義についてですが、イエス様を信じる者は、イエス様の十字架によって義とされているのです。このことを信じますか 人間には五感があります、触れる、見る、味わう、嗅ぐ、聞くです。肉の五感があれば、霊的な五感もあるのです、肉の五感は肉を喜ばせるための五感です。見て「美味そうだ」触って、鼻で嗅いで、「いい匂いだ。」 との感触です。アダムとエバは禁断の実を見て、触れて匂いを嗅いで、それを食べて罪を犯したのです 霊的五感もあります。これは信仰を高め、魂にいのちを戴き、神の祝福に預かる五感です。聖書に触れ読み、御言葉を味わい、賛美の中で、祈りの中で神に出会い、聖霊に触れられ、聖霊に満たされる。これはまさしく神から頂くいのちの泉です、 「なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです。」 ローマ14:17・18 最近良い言葉を耳にしました。「子供 叱るな.我も来た道だ。年寄りをあざ笑うな。我も通る道だ。」 子供を見て、イライラしたり、年寄りに、はがゆくなったりする私達です。けれど私達も神様から見ると「どうしようもない存在」なのでしょう。しかし、主は私達を愛して命まで捨ててくださいました。 「どうか、望みの神が、あなたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みに溢れさせてくださいますように。」(ローマ15:13) この聖句に「望みの神」とあります。神様は希望の神様です。ですから私達もビジョンをもって進んで行くことが大切です。 聖霊と共にいるなら、大きなビジョンが与えられるでしょう。 |

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