教会礼拝メッセージ要旨


 
 2008年6月29日メッセージ

主の弟子アンデレ

ベテルキリスト教会   牧師 横谷誠一
 
人に命があるように、蚊にも命があります。同じ命でも蚊の命と人の命は、命の価値が違うでしょう。
そりゃ蚊1匹なら違うけど、蚊百万匹の命の重さと人の命では、どうでしょうか?「あなたのお子さんと蚊百万匹と交換して下さい。」と言われても、替える人はいませんね。それほど人の命は尊いのです。
しかし、神様は。むしけらのような私達と、尊い神の一人子の命を替えてくださったのです。まさに、キリストの命と全世界の人口60億の人の(蚊のような)命とを交換されたかのようです。
 イエス様を信じておれば永遠の命が与えられます。
イエス様を信じたら大金持ちになるとか、立派な家が建つとかと、いうことはありません。しかし、いくら宝物があっても命がなければむなしいのです。
永遠の命と復活の命を持っておられるのはキリストだけです。ですからキリストにある者がキリストとともに永遠の命と復活の命をも頂くことができるのです。あなたは神の約束のみことばを信じられますか、信じる人は受けるのです。

マタイ4章18節―22節を読みましょう。
 イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。猟師だったからである。
イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる猟師にしてあげよう。」彼らはすぐに網を捨てて従った。
そこからなお行かれると、イエスは、別のふたりの兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヤハネが、父ゼベダイといっしょに船の中で網を繕っているのをご覧になり、ふたりをお呼びになった。彼らはすぐに船も父も残してイエスに従った。
  1. 主の弟子づくりは、まずガリラヤから始められました。主の生まれはナザレでも、ガリラヤは主の第2の故郷なのです。ですから、私達も身近な人から伝道したいものです。
  2. ペテロ、アンデレ、ヤコブやヨハネは、イエス様に声をかけられて、すぐ従ったのは不思議です。
    きっと、前からイエス様の話や行いを見聞きしていたからと思います。
    我々も、イエス様の話をよく聞いているとイエス様にお従いしたいという気持ちが沸いてくるのです。
    そして、イエス様は目には見えませんが、確かにおられ、いつも共におられるという実感が出てきます。
  3. 又、アンデレのように人を連れて行く役目の人も大切です。
    皆さんは、どうして教会に来られましたか?
    私の場合は、妹からのさそい(伝道)です。私の父は僧侶で家には多くの仏さんがありました。
     ただ「兄さん、教会に行こう」といったとしても私は拒んだことでしょう。しかし妹は、私に「夕拝の帰りの夜道が恐いのでついて行って欲しい」と言いました。
    今は日曜日の礼拝はあっても夕拝のある教会は少なくなりました。私は、妹の護衛のために「しゃぁないなぁ。1回だけやで」と言って、ついていきました。
     教会につき中に入ると、時間前であったが、熱心に祈っておられる姿が印象的でした。その教会は当時夕拝は30人ぐらいだったでしょうか。二人の兄弟が「よく、いらっしゃいました」と両脇を、一人ずつ抱えて、前の方に座らせてくれました。
    聖書を開く時は「ここです」とすぐ見せてくれました。何かしら暖かいものを感じました。次の日曜日、教会に行きたくなったのに、妹は「1回だけやで」との約束を守って誘ってくれませんでした。私はしかたなく、遅れてそーと入っていきました。そしたら皆が笑顔でむかえてくれて、やはり二人の兄弟が私の両横をかかえて前の方に案内してくれて、又隣に座り、聖書を開いてくださいました。
  4. 聖書は信仰とはまず聞くことから、聞くことはキリストのことばからとあります。
    私たちも、すべての人もキリストのことばを聴くことが必要です。そこから信仰も沸いてくるのです。
    あなたは教会にくる時ひとりで来ないでだれかアンデレのように声をかけて礼拝に来ていますか。そのことを通して、あなたも家族も祝福され神の教会も祝福されていくのです。
 

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