教会礼拝メッセージ要旨


 
 2008年7月20日メッセージ

神の賜物

ベテルキリスト教会   牧師 横谷 誠一
 

 先日、淀川を散策しに行ったとき豊里大橋の近くでウインドサーフィンを楽しむ若者たち見ました。西風を受けても、なんと西に進んでいました。私は西風が吹くと西には進まないと思っていました。帆の操り方ひとつでサーフインは風に向かっても進むことが出来ることを知りました。
このことから、人生においても、いろんな逆風に、逆境になやまされるときも舵取り(思いや、方法)ひとつで、逆境を乗り越えることも出来る事を学びました。
聖書 1コリント12章4節〜13節
教会は神の家族です。イエス・キリストを中心として父なる神にお仕えする人たちの集まりです。また教会は聖霊によって導かれて、きよめられた神の家族です。教会はキリストにあって恵みを得、命を得た、神の家族です。

  1. 兄弟姉妹たちよ。イエスを信じて救われた時から、また洗礼を受けて神の家族とされた時から、どんな人にも神からの賜物が与えられているということです。
    私の子供時代、庭に柿がありましたが、渋柿でとても食べられません。でも、その渋柿でも皮をむいて吊るして置くと、やがて大変甘く、軟らかい干し柿となりました。
    果物にもすっぱいみかんと甘いみかん、固いりんごと、柔らかいりんごがあります。あなたは、どちらが好きですか?皆がみんな柔らかく甘いものとは限りません、中にはすっぱみのある、かみごたえのあるものを好む人もいるのです。それと同じように、人間も固い人、柔らかい人があります。それぞれ、良さがあります。それを個性といいます。その個性を大切にし、伸ばしていくことが大切だと思います。
    そのように神からの賜物も、同一のものもあれば違う場合もあります。皆がみんな同じ賜物とは限らない場合もあるのです。神をたたえる賛美の賜物.楽器を用いて演奏する賜物もあります。ある人は伝道の上手な人、メッセージの上手な人がいますが。これらは神から与えられた賜(たまわ)り物です。また聖霊の助けによるのです。誰も自分を誇ることは出来ません。また癒しの賜物、預言の賜物.異言、異言のときあかしの賜物もあるのです。
    この神からの預言は教会をたてあげるために与えられたもので、決して、教会の批難、牧師の批難、兄弟姉妹を裁く為にあるのではありません。いずれにおいても預言、異言の解きあかしは神からの恵みのメッセージでなければなりません。
     

  2. 預言と異言のときあかしには訓練が必要です。昔は預言者学校というものがありました。
    (1サムエル10:5)今の時代、教会の指導者によって訓練を受ける必要があります。それは神の御旨からそれないためです。
     

  3. 奉仕の賜物もあります。会堂の掃除、スリッパ拭き、トイレ掃除、受付、自分に与えられた霊物を見つけて大いに奉仕してください。

 

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