教会礼拝メッセージ要旨


 
 2008年7月27日メッセージ

幸いな人とは

ベテルキリスト教会   牧師 横谷 誠一
 
「なんと幸いなことでしょう。
 その力があなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。
 彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。
 初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。
 彼らは、力から力へと進み、シオンにおいて、神の御前に現れます。」
詩篇 84:5〜7節
  1. 5節に「なんと幸いなことでしょう。」とありますが、幸いとは、しあわせ、幸福をあらわす言葉です。人は誰でも幸せを求めていますし、また願いがあります。人は真の幸せはどこにあるのか分からず、ただ物質だけを追い求めているようです。しかし、物質だけで真の神に対する信仰がなければ本当の幸せとはいえません。

  2. 「その力」とありますが、その力とは何の力でしょうか? 私は信仰の力、聖霊の力だと思います。人間の力は弱く「ああ、もうダメだ。」とすぐ思いますが、上からの力、即ち神様の力は、大したものです。
    使徒の働き2章にも、弟子達が聖霊を受けて力強くなった記事が出ています。
    私たちも聖霊様の助けによって力強い信仰生活を送ることが出来るのです。
    5節と7節の後半に出てくるシオンとは、神殿、今で言えばキリスト教会を現す言葉です。教会は主の神殿、神のお住まいになるところです。「そこに心が向く人はなんと幸いなことでしょうと言うのです。またシオンとは神の国とか天国を表します。キリストにあって心において御国(みくに)を思う人はなんと幸いな人でしょう。

  3. 6節 人生の中では辛いこと、悲しいことが多くありますが、そこを主にある人は、泉としてくださるのです。泉とは湧き上がるものです。喜び、感謝が湧き起こって来るのです。

 レーナ・マリアさんは生まれながら両手がなく、片足があるだけです。けれど親御さんは、そのことを恥じず、感謝を持って堂々と人前に出させました。それで、あのように世界を飛びまわる福音歌手、キリストの証人になったのです。
 イスラエルには、初めの雨(春の雨)と後の雨(秋の雨)があります。初めの雨は種まきの季節です。後の雨は収穫する時に降る雨です。霊的には初めの雨は使徒行伝をあらわしています。
弟子たちは聖霊を受けて力強い宣教の働きをすることが出来ました。後の雨とは今の時代のことです。終末の時代、主の再臨、すなわちキリストはもう一度この世に来られると言うのです。キリストが、今度来られる時は十字架にかかるためではなく、人々を迎えに来られるのです。
主にある聖徒、主の僕を、主にある兄弟、姉妹たちを迎に来られるのです。
「勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。」(ローマ12:11)

祈り
「主よ、来て下さい。わたしはあなたを待ち望んでいます。主の教会を潤し、あなたの僕たちを潤し、聖霊の力によって、力強い宣教のわざをさせてください。病人に手を置けば癒されます。死人がよみがえり、足なえが歩き、盲人が見えるようになります。そして主よ。昔も今も変わらぬ父なる神であることを示してください。」
 

 

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