教会礼拝メッセージ要旨


 
 2008年8月17日メッセージ

終末のあらわれ(マルコ13章)

ベテルキリスト教会   横谷 純子
 

1〜2節:すばらしい建物も壊れていく(私達には当然あるべき建物が崩れる・・・)ことを2千年前から、イエス様は言われています。最近はそのようなことがよくあります。岩手県で起きた地震では、温泉宿が沈んでしまったとか、国外ではニューヨークのテロにより、世界貿易センターの高層ビルの崩壊・・・・などなどたくさんあります。
弟子たちは「いつ、そのようなことが起こるのか、お話しください」とイエス様に尋ねます。
イエス様は「わたしの名を名のる者が大勢現れる」(6節)とおっしゃいましたが、まさに現代そのようです。麻原彰晃や、大川隆法や、文鮮明・・・まだまだ居ますが、この人々は「自分はキリストの生まれ変わり」と言っています。そして巧みな言葉で人々を寄せ集め、金を出させるのです。

7節:戦争が起きるとありますが、一番新しいニュースはロシアがグルジアに侵攻したことでしょう。今はフランスの提案により、停戦状態ですが、オリンピックが終わればどうなることでしょう。れから、地震、ききんなどは、預言者に寄れば「これから益々多くなる」ということなので、皆様気をつけましょう。
そして「クリスチャンであるが故に迫害される(9節)」とあります。ある人は日本のキリスト教史は、迫害の歴史であるといわれました。江戸時代のキリシタン禁制の迫害、また世界大戦の時の迫害・・・
迫害のとき、私達はそれに耐えられるでしょうか? ある本では、その時その力が与えられるとありました。
今、迫害に遭っている中国の人々は「迫害がなくならないように祈らないで下さい。迫害に耐える信仰の力が与えられるようにお祈りください」といっておられるそうです。迫害の時、いろんな理由で信仰を否定する人々も出てくるでしょう。しかし聖書では「人の前でわたしを知らないと言うような者は天において、わたしも知らないと言う」(マタイ10:32,33)とあります。地獄の苦しみは迫害の苦しみとは比べものにならないほど耐えにくいものです。(ルカ16:19〜31)
又 迫害の時、「捕らえられて行った時、弁明を考えなくて良い。聖霊が話します」(11節)とあります。今の時も、人を訪問して伝道する時、或いは人に会った時も、どのようにと考えなくても聖霊様が教えてくださるのです。しかし、聖霊様は紳士ですから、無理強いされません。また「聖霊の声は穏やかで静かなので聖霊を深く愛さない限り、聖霊の声を聞くことはありません。聖霊と時間を共に過ごすことによってのみ、聖霊の声を聞くことができる」とある本に載っていました。聖霊と共に過ごすとは、聖霊様を歓迎し異言で祈ることです。テサロニケ人への手紙で「絶えず祈りなさい」とありますが、日本語で絶えず祈ることは不可能です。運転中なら事故を起すでしょう。でも異言ならば絶えず祈ることは可能です。崔史実先生は寝言も異言だったそうです。聖霊を受けたい(異言を話せる)人は、牧師か私に言ってください。今は終わりの聖霊様の時代ですぐ与えられます。

12節:戦国時代を生きた侍達のような恐ろしい記述があります。しかし最後まで耐え忍ぶ人は救われます。(13節)これに似たような話しを聞いたことがあります。韓国の或る家庭の話しです。
嫁にきた人は従順で、よく仕事をする申し分ない人でしたが、夫と姑の唯一気に食わないことは、日曜になると教会へ行くことだそうです。いくら、「教会行きを止めるよう」言っても聞かない・・・それで、或る時、教会から帰宅した嫁を、懲らしめのために真っ赤に燃える暖炉の中へ放り込んだそうです。
しばらくして「もういいだろう」と出してみると真っ赤に焼けただれた髪の毛の中で彼女は「父よ、お母さんと夫を赦してください」と祈っているそうです。それを聞いた姑と夫は悔い改めてキリスト信者になったそうです。

14〜23節:この箇所はチェーン聖書の欄外によれば,「紀元70年のエルサレム滅亡で文字通り実現したが、
同時に終末的前兆の一つと見なされる」とあります。「この箇所では冬に起こらないように祈りなさい。」18節とありますが、今は温暖化でこの暑さには閉口します。温暖化防止と経済的理由、健康的配慮から、あまりクーラーを使わないからです。ある人は暑さも感謝と言われますが、凡人である私はそこまで いきません。ただ、地獄の暑さよりは幾万倍もましだろうと思っています。((黙示21:8、ルカ16:24)
或る本にはイエス様がもうすぐいらっしゃるように書いてありますし、別のには、そんなにすぐではないようにも載っています。ある人が「たとえ地球が明日滅びようとも、私はりんごの木を植える」と言ったのを詠みましたが、それが大切なのでしょう。どんな時も平常な心で自分のするべきことをする・・・ということでしょう。

又、或る方々は 「教会はキリストの花嫁であるから、(エペソ6:22〜27)教会が花嫁として聖(きよ)く傷のないものとなった時、主が迎に来られる。」と言われます。
イエス様が雲に乗って迎に来られることを携挙(第1テサロニケ4:16、17)と言います。教会がイエス様のように愛に満ち、病が癒され人々が悪霊から解放されるように祈って参りましょう。
それから、クリスチャンなら、だれでも携挙されるわけではありません。
イエス様に対して忠実な人々だけです。携挙されずに地上に残されると恐ろしい災害(黙示8章〜18章)と迫害(黙示13:13〜17)が待っているのです。
皆さん、イエス様に対して忠実に歩み携挙されるように、日々自分自身を見張っていこうではありませんか!
皆様に祝福と平安がありますように。シャローム
 

 

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