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聖書には「私はよい羊飼い、私は世の光・・である」というような、イエス様表現と呼ばれる箇所が、宝箱の宝石のように散りばめられています。
コロサイ人への手紙 1:18
の「御子はその体である教会のかしらである」とのみことばも、その1つで、「私はブドウの木であなた方はその枝である。人が私に留まり、私もその人の心の中に留まっているなら、その人は多くの実を結ぶ」(ヨハネ福音書15:5)との約束は、教会に対してイエス様が保証されたことばです。
和歌山県の御坊から、夜逃げ同然のスタイルで出発して、家族の家財道具を満載した6トン積みの大型貨物自動車が、朝早く幸福会館前の狭い道路に到着しました。 大型の6トントラックですからとても教会の前には入れません。朝早いのに教会の皆さん、総動員して、なかには大学生っであった玉置さんたち若者は、前日から教会に泊まり込んで待っていました。ある人は軽トラックやリヤカーで荷物を教会に運び込みました。1969年の3月でした。
開拓の御坊教会がやっと、小さい教会堂ですが人がいっぱい集まって、一人前の教会として充実した教会活動が出来るようになり、これからが楽しい教会造りという時でした。それがまた開拓伝道とはと、家族は豊橋から御坊に移った時と同じ苦しみをさせられているだけに、不賛成でした。それをイエス様が十字架を負って先立つ道がから従おうと説得してJR紀勢線に乗せました。家族を説得しながらも、私自身の気持ちは、家族6人を抱えて、もう一度、あの開拓伝道の苦しみの道を歩けるだろうかとの思いと戦いながら、家族と離れてひとり「必死」の思いで6トン車の助手台に乗りました。
そんな悲痛の思いも、家内と一緒になって楽しそうに家財道具を運んでいる、皆さんの楽しい笑い声で吹き飛んでしまいました。イエス様と教会の皆さんと一緒なれば、楽しい教会造りが出来ると、希望を乗り越えた信仰の心が起こされたからです。あの朝がまるで昨日のように感じられます。
それから一人前の教会として30年、いろいろな人が教会に出席しました。またいろいろな人が教会から去って行きました。希望に溢れた別れも、辛い悲しい別れもありました。
しかしイエス様は、今の教会に必要な人を残してくださいました。新しい時代の教会造りの準備のための働きと楽しい交わりの教会として歩んで来たことは、本当に感謝なことです。
そこに私たちの教会の原点である「キリスト体験」があるからです。
1.教会だけが教え示すことが出来る「キリスト体験」とは...
「イエス様が御子なる神」として信じることが出来たことです。
(18a)のみことばを読んで見ましょう。「御子はその体である教会のかしらです。」このみことばが弟子たちによく分かるように(ヨハネ
15:1、5)ではイエス様が「私はブドウの木あなた方はその枝である。人がわたしに留まり、わたしがその人の中に留まっているなら」と教えられました。これが「かしらと体」のいのちのつながりのある関係です。
また(ヨハネ
1:12)を読んで見ましょう。「この方を受け入れた人々、すなわちその聖名を信じた人々(神によって生まれた人々)には、神の子とされる特権をお与えになった」と聖書は宣言しています。
つまり、人類がイエスと呼んでいる人が「私を愛して、私が滅びることのないために、十字架の上で、私の罪のためにさばきを受けて、死んでくださったイエス様」を「救い主」として信じることが出来るようにしてくださった、という体験です。
この結果、どんな時でもイエス様の聖名によって、全宇宙を支配している神さまの子供としてされて、祈りを聞いて戴けることも信じられるようになったのです。
さらにこのキリスト体験は、「わたしはあなた方を捨てて孤児とはしない」とのイエス様のみことばの事実に生かされる、すばらしい「救い」の証しに満たされる人生が始まったのです。
今は「見えなくても、信じる者」のために、生ける神として天で「取りなしてくださる」故に、見えざるイエス様の「いのちの繋がり」のうちに支えられていることを信じられる幸い、それがイエス様の体である教会だけが、人々に教え示している「キリスト体験」ですと、聖書は語っています。
先日病院に参りまして、眼底検査と云うのをしました。目の玉の血管は、そのまま頭の中の血管と同じ状態だそうです。だから目の玉を詳しく調べてみると頭の中の血管の状態が判るそうです。それはまた私たちの教会に対する教訓です。教会は人間の目の玉のようです。教会を詳しく見れば、人には見えないイエス様が、世の中の人々に見えることがよく判りました。
(15-17)で学びますように「キリストの体」としての自覚を持って、世の中の人々に「いのちのつながり」である、イエス様を示し続ける「私たちの教会」でありたいものです。
2.教会だけが教え導くことが出来る御子なる神のすばらしさは...
「御子なる神」が「ともに生きて働かれるキリスト体験」です。
(18b)を読んでみましょう「御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です」と書かれています。イエス様の弟子たちの教会活動の原動力は「死人の中から復活されたイエス様が、彼らとともに働いた」故でした。
どんな人の人生も「死」においてすべてが失われます。しかし「御子なる神イエス様」は、その「死の壁」を打ち破り「死者の中から、神の国に最初に生まれた方」と、聖書は教え示しています。
そして信じる私たちが、神の国への道を歩くことが出来るように、自ら道となるために、最初に復活して下さったのです。 聖書 コリント人への手紙第1
15:20〜22には、それを「眠った者の初穂として」と示されています。
それ故にイエス様は、神の国に帰られる時も「見よわたしは世の終わりまで、いつもあなた方とともに居る」(マタイ
28:20)と約束されました。また弟子たちは、そのみことばの通り体験して「私たちはキリストの復活の証人です」と、証し続けました。
使徒パウロとはイエス様の本当のことを知った時、にイエス様のことばとして「わたしはあなたが迫害しているイエスである」と聞いて驚きました(使徒
9:4〜5)。彼が迫害したのはクリスチャンたちでしたが、イエス様は「あなたがわたしを迫害している」と言われたのです。
しかもその迫害者自身がこの関係を信じて受け入れた時、彼の目からうろこが落ちて、霊の目が見えるようになりました。この体験によって彼は名前を「サウロからパウロ」と変えることを決心して、元気になりました。
それ故に、使徒パウロは自分だけの特別な体験ではなく、すべてのイエス様を信じて救われる人々の見本であると(テモテ第1 1:16)と告白しています。
そればかりでなく、(ローマ 8:31〜32)には、復活されたイエス様によって「神が私の味方である」とのキリスト体験的に引き上げられたと、証ししています。
ずーっと以前、有名な群馬県前橋にある教会の舟喜拓生牧師から「先生、玉置兄姉たちを、どのようにして育てたか教えて下さい」と聞かれ、返事に困って苦し紛れに「イエス様のせいです。」と返事しましたが、本当でした。
私たちの教会から育って行った人たちの行った先の教会から、よい消息を聞くことほど嬉しいことはありません。
東南アジアの貧しい子供たちのために働きたいと、夢のようなことを話していた田原寿子姉妹は、やがてフィリピンのセブのマンダウイ教会の協力宣教師として、すばらしい主の働き人として、今では500人近い貧しい家庭の人々から天使のように尊敬されています。田原宣教師だけでなく、私たちの教会でともに教会生活によって「キリスト体験」を深めて、伝道者、牧師、宣教師として、日本や世界の各地で働いている14人の兄姉たちも同様です。
また大学生であった橋本良樹兄弟は、三重県と和歌山県の隣接飛び地の中学で20数年も、僻地教育のためにクリスチャンとして頑張っています。
彼らの特徴はどんな時でも「復活されて、信じる人々とともに生きて働いておられるイエス様を伝える」私たちの教会の伝道精神から受けた、キリスト体験による人生を歩んでいる人たちだからです。
このキリスト体験を教会生活の中で学んだ人々は、どこに行ってもどんな立場に立っても信頼されています。それはまるで(創世記
39:2〜23)のヨセフのように、イエス様が共に生きてくださることを、周囲の人々が認めて信用する人生となるからです。それこそ「死」を越えてつながる神の道を歩む、幸いな「キリスト体験」の証しです。
3.教会だけが教え導くことの出来る「御子なる神」のすばらしさは...
「御子なる神が私の人生を用いて永遠の実を結ぶ」というキリスト体験です。、
(18c)を読んで見ましょう。「こうしてご自身がすべてのことにおいて第一のものとなられた」とあります。(コリント第1
15:22,23)には「キリストによって生かされるための初穂となられた」と教えられています。
イエス様を第一としてイエス様に従う人は、誰でも「イエス様が実を結ばせてくださる人生を生きることが出来る」ことです。そのためにまず、ご自身がみことばに従う人の最初の見本となってくださいました。
イエス様は「ご自分の前に置かれた喜びの故に、辱めをも忍び」と、十字架の勝利の道を歩いて、イエス様を第一とする人々のために、勝利の見本を示してくださいました。それはイエス様にすべてを任せて歩む人が、イエス様が用意されている「永遠の栄光の実」を受けられるという、キリスト体験を指していることばです。「永遠の栄光の実」とは、地上では酬いられないで「天国に蓄えられている実」のことです。
迫害者サウロは、石打の刑を受けながら死んでゆくステパノの告別式は、イエス様ご自身がしていたことを、その目で見ました。ステパノの最後の「この罪を彼らに負わさないでください。」と祈ったことばは、「死」のかなたの世界で酬いられる人のことばでした。そして彼もその道を歩み、またその道を歩むことこそ最高の人生であることを証言し続けた人とされました。
門真教会の牧師としての最初の告別式は、山辺美恵姉のお父さんの小泉さんでした。小泉さんは、昔読売新聞の運動部長をしていた時、日本のプロ野球の「大東京軍」を作ったり野球小説を書いたり、巨人の監督をしていた川上さんも吉原捕手とふたりで生活の面倒をみたりした、昔の有名人でした。
しかし戦争のために心が傷ついて再起できなくなり、報われない生活を送っていました。
その小泉さんが「イエス様の十字架を私のためと受け入れて、イエス様にすべてを任せた時、「永遠のいのち」という酬いもって、人生のゴールとなってくださった、イエス様の懐に飛び込んで行きました。
小泉さんから始って、私たちの教会の働きを通して、イエス様は沢山の人々に、天国を目指す「キリスト体験」の人生を歩かせてくださいました。
私の母も、主の働きの同労の友で、私の妻であった登志子と寿美江という二人信仰の友、林兄弟、八木兄弟、大江兄弟など、両手で数えることの出来ない人々が、永遠のいのちとともにイエス様が用意されている「栄光の酬い」を受けるためにイエス様の懐に飛び込んで、天国の人となりました。
「これらの人々はみな、約束のものを手に入れることはなく、信仰の人として、遙かに喜びそれを見て死にました。」(ヘブル11:13)それはみな彼らの教会生活がもたらしたキリスト体験です。彼らのキリスト体験こそ、死の苦しみに勝利したイエス様が一番となってくださった、生きた証しです。
終わりに
私の故郷に今も建っている私の家の庭には、秋になるとおいしい柿の木が実を付けています。始めは渋柿でした。 ところがある時接ぎ木しました。おいしい「次郎柿」の枝は成長して「その枝にはすべておいしい次郎柿の実」を付けるようになりました。(マタイ
28:20)によれば、教会は「実を付ける樹」を育てる農夫のような役目を、イエス様から託されています。
イエス様は信じられる御方であり、共に生きてくださる御方であり、永遠の栄光の実の酬いをもって天国に勝利する人生を用意して下さる御方です。
この素晴らしいキリスト体験を用意されているところが「本当の教会です」自我がに苦しむ世の多くの人々に、キリスト体験によって、歩む道を示し続けて行く教会の一員としてあなたも参加しませんか。
2001年 5月 27日 記
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