門真バプテストキリスト教会 2006年のみことば
望みの神が、信仰によるあらゆる喜びと平和を満たし...
― ローマ人への手紙 15章13節 ―


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1月 / 2月 / 3月 / 4月 / 5月 / 6月
7月 / 8月 / 9月 /10月 /11月 /12月
毎週教会の主日礼拝で配布される週報に掲載される“ショートコラム”を紹介します。
下記タイトルをクリックされるか、そのまま下へスクロールして、ご覧下さい。

1月 1日  宇宙のニュース    2月  5日  不運からの脱出
 8日  勝ち方   12日  素直な心
  15日  いのち    19日  前向き
  22日  復活への道   26日  指導者
  29日  人生観      

3月 5日  気持ちに応える   4月 2日  影響力
  12日  音信不通   9日  創造の原則
  19日  親離れ   16日  信じる
  26日  気力   23日  感謝ある人生
        30日  救出の形

5月 7日  証(しるし)   6月 4日  希望の光
  14日  母の日   11日  勝利への道
  21日  ほめたたえる   18日  恵みの継続
  28日  心に刻む   25日  失敗を活かす

7月 2日  磨く   8月 6日  支えられる
  9日  まことの勝利者   13日  罪の代価
  16日  正しく応答する   27日  役割
  23日  言葉の暴力      
  30日  悔い改め      

9月  3日  いやし   10月 1日  喜びの共有
  10日  美しい心   8日  育て用いる
  17日  心の戦い   15日  苦悩と希望
  24日  神の摂理   22日  仲介者
        29日  罪が赦される

11月 5日  確信   12月 3日  役に立つ
  12日  福音主義     10日  注がれる
  19日  愛の心     17日  正しい評価
  26日  いのちの価値     24日  星の告知
          31日  年越し
 
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1月1日の一言
天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。
詩篇 19篇 1節
 
 新年あけましておめでとうございます。この年こそアブラハムやクリスマスにベツレヘムにみどりごイエス様を訪ねた博士たちのように、空の星を仰ぎ、神の意志を知って、永遠のいのちの道を歩み人々に紹介したいものです。
 2005年に発表された宇宙のニュースは、地上のどんなエキサイトなニュースよりも、私たちに神の意志を示す出来事を知らせてくれました。
1)日本の宇宙航空研究本部が打ち上げた「あやぶさ」が、太陽の向こうにいる惑星「イトカワ」に鉄砲で弾を撃つように金属弾を撃ち込んで衝撃を与え、その証拠に88万人の名前入りの金属板を設置して、その写真を送ってきたこと
2)10月30日の480年振りの火星大接近で、探査機が着陸して調査した結果、火星にも水があったことが再確認できて、火星は地球とともに同じ木星から噴出した兄弟星であった事実を確認できたこと、
3)天体物理学の定説では考えられない軌道によって運行していたため、発見できなかった「冥王星」を調べる探査機が今年の1月17日から2月にかけて打ち上げる準備が出来たと、米航空宇宙局が発表されたことの三点です。
 このニュースは、宇宙進化の課程としての「大爆発、成長、膨張、迷走、衰微、滅亡」という静かな自然的進化を遂げてきたという仮説が、その中に聖書が告げる「明けの子の明星が、神に逆らったため「天から落とされた、という神の意志による宇宙の激変が度々起きた」ことなど聖書の宇宙観を認めるための証拠が明らかとなりました。
その落下の時に起こった「引力破り」は、やがて惑星の激変の時も「月や火星の水を宇宙に吹き飛ばして、それが地球に注がれた」それが、ノアの大洪水となったと聖書考古学は主張しています。
 現代進化論は、、ソウル大学の黄教授の生命科学の論文の取り扱いで明らかにされたように、実証不可能な仮説は否定されます。それが現代科学です。
そして、進化論の仮説が実証によって覆された時、そこには必ず神の意志が反映された世界が登場しています。
 人間は動物から進化して人となったのではない「最初から神に似た人間」として存在していたことの実証が、物質とは関係しない「心理学」によって明らかにされました。その時にも神の意志が、心理学者を動かしています。
神の最高の意志の現れは、御子なる神を十字架上で死ぬために、人として贈り愛を示された。この神の意志を大切にする1年としたいものです。

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1月8日の一言
忍耐が練られた品性を生み出し、
練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
ローマ人への手紙 5章 4節

  どんなことをしても「勝つ」という結果がものをいうと云う生存競争の社会が、世の中をゆがめて暗くしていくようです。若い人たちが若い力を「とにかく勝てばよい」とぶつけて、力によって目的を果たすと云う結果主義が横行し、強さと弱さ、豊かさと貧しさの二極社会の考え方が実践化して、弱い人、貧しい人が希望を失いかけています。
 そのような力による社会の中で、日本スケート連盟は、トリノ五輪代表選手を発表しました。その中に清水宏保と岡崎朋美の2人の名前がありました。2人とも1994年リレハンメルオリンピックから、長野、ソルトレイクに続いてオリンピック出場は連続4回出場の栄冠を手にした名選手たちです。しかも過去の実績と云うお情け出場ではなく、全日本スプリント選手権で優勝を争う2位または3位となり、出場が決定したのだから担い手です。
 若い人は天性の力を爆発させて結果を出します。それは見ていても気分が良くなります。しかし長い経験を積み重ねた人々は、知恵を発揮して、自分の最高の姿を作り上げてゴールに舟艇を合わせて、名人的なレースを見せてくれます。同じ結果でも美しさが伴う勝利を見せてくれます。そこに経験の深さに裏付けられた強さが、人々の心をひきつけます。
相撲の世界でも横綱朝青龍力士は、かつては「勝てば文句なかろう」と云う強さを強調して嫌われました。しかし最近は、力から精神的な横綱らしい知恵あることばを語るようになりました。そこには、力を超越した知恵の持つ美しさ、温かさが見られます。

 イエス様のガリラヤ地方での初期伝道では、奇跡としるしが繰り返された力の伝道が展開されました。しかしイエス様のみことばはガリラヤ地方の人々の心に残りませんでした。自己満足者たちの昔話となって、彼らの人生には何の役にも立ちませんでした。
力は好奇心を動かしましたが、心を変えませんでした。
 イエス様の伝道はご自身の十字架への道を教えた働きでした。十字架の苦しみの中から、聖霊の助けのある生き方によって、永遠のいのちの道を勝利の信仰をもって歩む、そこに神からの知恵が注がれ、「キリストに似る」信仰による知恵を用いた勝利の人生が始まります。
前を向いて生きるために、イエス様はいつも希望の神として私たちの前に立って歩かれます。
 

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1月15日の一言
私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。
あなたはいのちを選びなさい。
申命記 .30章 19節

  9.11テロから、アメリカ大統領がテロ撲滅のために、莫大な武力を背景にアフガンやイラクの反対勢力への攻撃を繰り返して行った結果、人を殺す悪を神が厳しくさばくことを認めない社会が生まれました。そのため、自己満足のために平気で人殺しが行われる社会となって来ました。
 そのような中で、1月6日午前3時ごろ、仙台市の光が丘にあるスペルマン病院で、生まれたばかりの生後11日の赤ちゃんが、お母さんの横のベットから、白い産着を着たまま連れ去られるという不幸な事件が起こりました。
今年は例年よりも寒さが早く到来して、その厳しい寒さの中で産着一枚だけで連れ去られた赤ちゃんですから大変です。病院の院長などは犯人の要求に応えて、6千万円のお金をもって、何度も変更する指定場所に駆けつけたり、また捜査にあたる人々の行動のニュース映像からも、誰しも心を痛めながらも、心のどこかで最悪の事態を予想させられていました。
 ところが、連れ去られた2日後の8日午前6時ごろ、その心配されていた赤ちゃんの居る場所が犯人の通報によって、国立病院の使用していない施設の廊下で見つかり、50時間ぶりに産着を着た状態で発見されました。赤ちゃんは体温が少し下がっていましたが、攫われた時よりも体重は100グラムほど増えていたそうです。
そして、生後16日目の11日にはお母さんとともに、無事退院することになったと、新聞の小さな見出しで報道されていました。このニュースは、日本中の心配していた人々の気持ちを、何かほっとさせてくれました。それは、赤ちゃんに接した人々が、お互いに自分の感情や立場を超えて、赤ちゃんだけは助けたいとの思いが、犯人たちの心にも及んだことです。
 人はたとい小さな存在で会っても、生命の危機に直面する時、神に似て造られた人の性質が働く、存在であることを教えてくれました。

 ユダヤ人の指導者たちが自分の立場や打算的な感情に捕らわれて、罪なきイエス様を十字架に付けた時、イエス様の心の目に映った彼らの姿は「永遠のさばき」を受ける恐ろしい光景でした。だからこそ「父よ彼らをおゆるしください」と、神の前に一生懸命にとりなしの祈りを捧げたのです。
すべての人は、死ぬことと永遠のさばきを受けることが定められていると聖書は宣言しています。その厳粛な事実を知る者は、祈りと行動も託されていることを知ってます。その現実のなかで日々歩む者でありたいものです。
 

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1月22日の一言
曲がった邪悪な世代の中にあって・・・
いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。
ピリピ人への手紙 2章 16節

   昨年頃から日本経済の発展を押し進めて、バブルになるまでに一生懸命に働いてきた昭和23〜30年のベビーブームに生れた(60〜53才)の団塊の世代が高齢者として社会の一線から退く時代を迎えます。そのために高齢者達は自分の場を見い出すために大変な心境にあります。
 先週「ノリ」こと中村紀洋が、プロ野球オリックス、バッファローズの一員となるために、オリックスの練習場で記者会見をして、心境を語ってくれました。それは団塊の世代の人々へのメッセージでもありました。
 中村紀洋選手は近鉄球団では例の「イテマエ打線」の中心打者でした。またオリンピックでも連続して日本チームの中心打者として華々しい大活躍をした人でした。しかし、アメリカ大リーグに渡って日本で通したプロ野球をアメリカでも貫いた結果、無惨なまでの挫折を味わってしまいました。
その中村紀洋選手の生き方を日本で再生させなければと声をかけたのが新生オリックスの監督とされていた仰木さんでした。仰木さんは最下位のオリックスとバッファローズの合併お荷物球団を、あわやパリーグの優勝リーグ入りかと思われる成績に引き上げた「仰木マジック」を駆使した名監督でした。
 その仰木監督は、中村紀洋選手だけでなく 巨人を放出されて心がズタズタにされていた清原選手にも声をかけていました。
だから中村と清原の2人は、突然急死した仰木さんの気持ちに応えて、オリックス入団を決めベストな体造りに励んで、ファンの前にその勇姿を見せてくれました。きっと仰木さんの期待に応えて、プロ野球をおもしろくしてくれるだろうと、今から楽しみにしている人々が多いようです。それ以上に 団塊世代の人々に勇気と励ましを与えることでしょう。

 イエス様は「わたしは世の光です。わたしに従って来る者もいのちの光を持つでしょう」と、挫折感にさらされている人々に声をかけて、その人なりの実力を発揮するチャンスを与えて下さる主なる神です。そのために十字架の上で私たちの身代わりとなって死に、復活への道を開いて、信じ従う人々の心に聖霊を注いで、感激に溢れた新しい希望に満ちた人生に導いて下さる人生ゲームの名監督です。
イエス様のこの愛に応えて、私たちもベストを尽くして働く年としたいものです。

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1月29日の一言
主は天から人の子らを見おろして、
神を尋ね求める、悟りのある者がいるかどうかをご覧になった。
詩篇 .14章 2節

   宇宙飛行士の毛利さんは、宇宙から地球を見ると人は「人生観が変えられるものです」と語りました。小さな自分を中心とする人生観ではなく、大きな宇宙全体の中に生かされる人間としての考え方に変えられると、人類として始めて月に行った宇宙飛行士は、私に語りました。
 1月24日、国産大型ロケット「H2A8号機」が、種子島の宇宙センターから打ち上げられて、成功して軌道に乗ったとニュースは伝えています。大型ロケット「H2A」は、5号機まで成功して、その打ち上げ成功率は世界でも抜群に高かったが、6号機の失敗で日本のロケットの信用が低下しました。 日本の宇宙ロケットの制作と打ち上げは、(1)文部科学省関係A郵政省関係 (3)運輸省関係と別々の研究と予算を持って実施されていたので、失敗も成功も共有することは出来ませんでした。宇宙の働きという目的のもとに6号機の失敗から三者は「宇宙機構」として、その1年3ヶ月後の7号機の打ち上げを成功させ、その機能を高めた8号機で継続的に打ち上げを成功させることが出来ました。
 この8号機は、世界一の地図製作技術を結集した地球観測衛星「だいち」を計画通り地球を廻る軌道に乗せる使命がありました。この技術は、地球からの高度7000キロの衛星「だいち」から地球上のラグビーボールを識別できる性能を持った立体的な3台のデジタルカメラが働きます。これに今年打ち上げられる偵察衛星と
組み合わせると、野球のボールの動きも捕らえることが出来る世界随一の能力を持つ「神の目を持つ」と言われて、日本を仮想敵国視している近隣諸国にとっては恐怖に感じさせるものだそうです。

 神は、すべての創造物を「神の目」としての役割を果たさせているばかりか宇宙の大小さまざまな創造物を通して、神に似て創造された私たちひとりの一挙手一投足を見ておられます。それは私たちに正しく報いるためであるばかりか、神に心を向けて生きる生き方をサポートしてくださるために、神の目を使われます。そのことを悟らせるために、衛星「だいち」を搭載した8号機の打ち上げを支えて成功させてくださったのです。
それ故、神は私たちひとりひとりを見て、審くためではなく信じて救われるために、罪の身代わりとして御子なる神イエス様を遣わされたのです。
 

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2月5日の一言
見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。
 .マタイの福音書 28章 20節

  人生は 神が導かれるドラマであると昔から云われています。だから神を信じて生きる人には神が共に生きて下さる人生があり、神を信じられないと云う人には 神のいない暗くて悲しい人生が待っています。
だからイエス様を信じてどんな時でもベストを尽くす人生を生きる人々は、それが「たとえ死の谷を歩くようなことがあっても 災いを恐れません、いつものようにイエス様と共に生きて イエス様に導かれた道を歩き 神に義とされた幸いな慰めの人生」があります。
 2月10日から、イタリアのトリノで開かれる冬期オリンピック 冬のオリンピックのF1レ−スと呼ばれている「ボブスレー」の選手選考に、日本ボブスレ−連盟の判断ミスのため混乱が生じたことが1月31日のニュ−スで
報道されました。
いわば日本側の甘えが認められなかったため、既にオリンピック選手として派遣されている選手がオリンピックに出られないことが明らかになったからです。甘えが問題を混乱させると云う 日本人の悪い点が、クロ−ズアップされました。特に前回のソルトレ−クオリンピックには出場枠を獲得しながら 日本選手の人数調整のために、日本ボブスレー連盟のミスによって出場出来なかった女子の桧野真奈美選手の場合は、前に続いて今回もワ−ルドカップ枠よりもアジア選手権の成績に力を入れた日本連盟の思い込みが 国際的に受け入れられないと判って、選手たちに気の毒でした。
しかしそれでも桧野選手はくじけず、出場できるための準備と練習をくり返して来ました。
その結果オリンピック委員会は「選手の利益を優先した、例外的に出場」が認められました。本当によかったです。

 人間の世界にはいろいろな思い込みによって多くのミスが生まれ、それによって不幸な人生を歩む人々は多いのですが、救う方法は僅かです。
しかしイエス様を信じる人生には、常に神の最善で最高の導きが優先するため、イエス様を信じて 耐え忍ぶ人々には 勝利の喜びがあります。
そして、その実現はイエス様と共に生きることです。迷子の小羊のような自分の考えによってイエス様から離れて苦しみ悲しみの中にあっても、イエス様のみ声に応えて生きようとするなら、桧野選手のような不遇な中にも神の恵みに生かされるからです。主は共に生きて下さいます。
 

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2月12日の一言
喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。
ローマ人への手紙 12章 15節

  人間として美しいことは、喜んでいる人といっしょに素直に喜んでいることです。泣く人といっしょに泣くことは高慢な人はだれでも出来ます。
 先週は「紀子さんのご懐妊」のニュースで連日満杯でした。でも紀子さんたちのお立場が余りにも違うご身分ですから、日本中の人々がみんな素直に喜んでいました。しかしそれでも「生まれてくる赤ちゃんが男か女か」と好奇心が先行しているようで、やっぱり素直に喜ぶことは難しさを感じました。
紀子さんがご懐妊になる二ヶ月前、秋篠宮の誕生日の会見談話で「娘たちは妹なり弟なり、世話をする赤ちゃんを欲しがっているようですから、よく相談して」と話していましたので、日本中の人々が素直に喜んであげて欲しいものですね。
  しかし今の皇室についての法律である「皇室典範」は、天皇家を「現人神一族」とする帝国憲法も下で作られたものを、天皇一族を同じ人間とする目的のために、アメリカの占領政策の一環として制定したものであるため、多くの不備があるようです。そのために定められていないことは、今も帝国憲法の「皇室典範」に準じて解釈されています。「天皇家の血筋を守るための男系の限定」議論もそこから生まれています。
 私の友人で「明治天皇の孫」と自称していた牧師がいました。その方の話によると、明治天皇には50人以上の側室がいたそうです。大正天皇も「柳原愛子さん」という側室から生まれた第三皇子でした。
他の側室から先に生まれた二人の皇子や、その他の多くの側室から生まれた子供たちは、皇族に嫁いだり著名な華族に嫁いだ僅かの人以外は、政治抗争の材料として弄ばれ、中には抹殺された人も少なくなく、多くの側室から生まれた人々が行方不明になっています。そのために昭和天皇が結婚された時「私は絶対に側
室はもたない」と宣言して、皇室から不幸になる人を出さないために懸命な努力を払われたそうです。だからこそ政治家たちは「紀子さんとご一家」のために、好奇心を捨てて、素直に喜んで欲しいものです。

 イエス様が「全人類の救い主」としてお生まれになった時、素直な心で喜び拝んだ人々は、貧しい羊飼いたちと、東方から拝むために遠くの道を旅した博士たちだけでした。その他の人々は、自分の生活を維持するために素直に喜ぶことさえ失っていた人々でした。イエス様にあって喜べる人となりましょう。
 

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2月19日の一言
ケナズ人エフネの子カレブが、ヨシュアに言った。
「主は約束されたとおりに、私を生きながらえさせてくださいました。
今や私は、きょうでもう八十五歳になります。
しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。
どうか今、主があの日に約束されたこの山地を私に与えてください。」
ヨシュア 14章 10〜12節

  人は前向きに生きる時他の人々を励まし、過去ばかり振り返って後ろ向きに生きる時他の人々の重荷となって心を暗くさせます。
 トリノ冬季オリンピックが開催されて、続々と送られて来るレース敗退ニュースに、98年の長野における冬季オリンピックで金メダル5つを含む10個のメダルを獲得した日本チームの再来を期した人々は、前回のソルトレーク大会の金メダルなしのメダル2個にも届かず「どうした日本」と暗い心にさせられているようです。
 そんな中で2月15日、日本選手団主将で34才の岡崎朋美選手がスピードスケート女子500で38秒46をマークして3位になったとのニュースが入って来ました。2回目は中国の選手が最高タイムを出したため、100分の5秒差でメダルは取り逃しましたが、堂々4位入賞しました。「あっぱれ」と賞賛を送りたいです。
 トリノ冬季オリンピック出場選手に、岡崎朋美選手の名があった時「昔の人」との印象が強かったのを憶えています。
それもそのはず4度目のオリンピック出場だからです。スケートのオリンピックでは有名な「橋本聖子」が29才で選手を引退しました。そのために岡崎選手は「30代でもやれることを 誰かが示せばきっとみんなはついて来る」と周囲の人々に話して遂に実現させました。
だから「今回のオリンピックに出られるだけで特別」と云っていたのに選手団の主将に選ばれたため、風邪をひき、37度8分の高熱をおして開会式に出たり、後輩のレースの応援にもかけつけたりした。しかし彼女はそれを主将の責任を果たすためではなく「心がワクワクしたかった」との前向きな気持ちを持ち続けて、日本中の特に中高年の人々に希望を与えました。

 イエス様は救い主としての人生を神の力を捨てて実現しようとされた時、すべてが絶望と云う十字架につけられました。しかしそれでもイエス様は尚、人々の救いのと前向きな生き方を貫いてとりなしの祈りを最後まで続けられ、十字架の道を栄光に輝く復活の大勝利の道に造り変えてくださいました。
ダメにする過去から解放して、未来を信じてベストを尽くす人に神が味方となる道をイエス様は開いて下さいました。この御方の開かれた前向きの十字架の勝利の道を歩みませんか。
 

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2月26日の一言
あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。
この人々は神に弁明する者であって、
あなたがたのたましいのために見張りをしているのです。
ヘブル人への手紙 13章 17節

   首を長くして待っていたオリンピックのメタルのニュースが、イタリアのトリノから舞い込んできました。冬季オリンピックのハイライトゲームとも云える女子フィギアスケートで、ショートプログラムで僅少差で3位につけていた荒川静香選手が、見事金メダルを獲得しました。また村主章枝選手も4位、そして期待された安藤美姫選手は失敗したけれども、4回転サルコージャンプに挑戦しました。
 トリノ冬季オリンピックでは、日本選手の成績はみな普段の力も出せず、ほとんどの人から「次のオリンピックに答を出します」との敗北のことばが続きました。でも原因の1つに、ジャンプスキーのようにコーチと選手の間に意思の疎通が欠けていたと感じた選手も少なくなかったようです。
 ところが荒川選手は、オリンピック出場が決定してからその点に気づいて、昨年末になってコーチをニコライ・モロゾフに変えました。荒川選手は自分で語っているように「気になると尾を引くタイプ」なため、コーチによって背伸びした結果、失敗したことが何度もあったようです。
 荒川選手のコーチとなったモロゾフは、ショートで予定していた音楽を突如荒川選手の気持ちを乗せるために、フリーで使っていた「幻想即興曲」に変え、演技に合わせて編曲して成功させました。その方法がフリーでも成功して、2位のコーエン3位のスルツカヤがともに転倒するなかで、楽しみながらの滑りで、ミスなしどころか自己ベストで最高点の演技をして金メダルを獲得しました。
荒川選手のすばらしさは、コーチによって実力を十分に発揮することが出来たことで、新聞のスポーツ記者たちも、大拍手でした。

 イエス様は、信じるすべての弟子たちのために、いつも「心を静めて、わたしが神であることを覚えなさい」と語りかけてくださいます。そして聖霊の助けによって自分自身に与えられている能力を充分発揮できるようにと、信仰と人生の指導者を与えてくださっています。
キリスト者たちが教会生活のなかで指導者を得られるように、イエス様は信じる人々の心の中に働いておられます。その結果、キリスト者たちがイエス様とともに、十字架を負う楽しい信仰生活ができるようにと、いつもみことばをもって働きかけておられます。このことが指導される時、勝利の信仰生活が判るようになります。
 

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3月5日の一言
私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。
神の和解を受け入れなさい。
第2コリント 5章 20節

  春は希望をもってスタートする季節です。いろいろな人々からの希望を持つ幸せのことばは、聞く人々には楽しみです。
 プロ野球もオープン戦が始まります。今年はニュースが盛り沢山です。巨人の原監督が再出発、老獪の域に達した野村監督もですが、プロ野球ファンの関心はオリックスの清原と中村の両選手に集まっています。
何故かと云えば 清原も中村もともにプロ野球から、はじき出された選手でした。その2人があの仰木監督の英断でオリックス入りして、再起をかけてスタートしました。だから沖縄でのオリックスのキャンプには オリックスの公式戦以上の観衆が集まって球団関係者もビックリしたそうです。
 清原選手も中村選手も、プロ野球関係者の冷たい態度に傷つけられて 内心では腹立ちまぎれに引退をさえ考えていたようです。
しかしそんな2人の気持ちを理解して プロ野球の選手として 最後の花を咲かせるためにと、オリックスに招いたのが 仰木監督でした。だから清原と中村両選手は 今までの自己主義的生き方から「仰木前監督の温情に応える働きをしたい」と、今一生懸命です。2人は関西名物のお好み焼きのソースとマヨネーズの役割りに徹したいと チームの支え役に廻っています。

 使徒パウロは自分の生き方を「イエスキリストのしもべ」と呼びました。
「しもべ」とは奴隷を指すことばです。旧約聖書の律法によれば奴隷には良い奴隷と悪い奴隷がありました。
 良い奴隷の耳にはしるしとして傷がつけられていました。それは主人の愛に応えて 一生を主人のために生活することを決めた奴隷にだけ 玄関の戸に耳を当ててキリで刺し通す儀式を行いました。それ故に主人の家だけでなく 社会全体が 耳に傷あとのある奴隷を尊敬し愛しました。
 パウロはイエス様をすばらしい主人とする良い奴隷とされたことを喜び、心に十字架の焼き印のしるしを受けている者としての証しの人生を歩きました。
イエス様の愛に応えて生きる信仰人生には、社会から尊敬され愛される人生を神は備えてくださいます。神の怒りの対象であった私たちのために愛の仲立ちをして下さった御方の気持ちに応えるすばらしさ、それがイエス様のしもべとして生きる人の幸いです。

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3月12日の一言
イスラエルよ。主に立ち返れ。
あなたの不義がつまずきのもとであったのだから。
ホセア書 14章 1節

  どんなに人間が努力しても届かない遠い世界の中で、苦闘しているのを見る時、そこには、ただ祈りしかないみじめさか、祈れる幸いかがあります。
あなたはそのような状態におかれた時、どちらでしょうか?
 地球から遥か3億3千キロのかなた(宇宙速度で3年2ヶ月かかる距離)で音信不通になった宇宙探査機「はやぶさ」のために、宇宙航空研究機構の人々は文字通り「手も足も出せないまま」ただ祈ることしか出来ない3ヶ月を過ごしました。きっと宇宙のかなたに向かって「はやぶさよ、無事に帰っておいで」と叫んでいたことでしょう。
100億円以上のお金と宇宙開発の叡智を結集した機材を満載した探査機です。その上「はやぶさ」には、人類で始めての快挙となる、宇宙の小惑星「イトカワ」から採取した岩石を、地球に送り込むロケットが搭載されているのです。
そればかりではありません。つい先日、NASAが木星より遠い太陽系宇宙の星は、すべて水によって構成されていると発表したばかりです。
と云うのは、地球は火星などと同じように木星からすべての岩石が噴出して出来た成分の異なった兄弟星です。
太陽系宇宙の星は、創世記のヨセフが見た夢の星と同じ数の兄弟たちを象徴した形体を持った存在です。だから宇宙の小惑星といえども、その構成する岩石は、飛び散る前の母なる星と同じ成分である訳です。
地球の生物のDNAと同じ要素をもっていて、先祖が判明できるからです。もしNASAの調査と同じ結果が出れば、宇宙進化論の論理は崩れて、聖書が啓示するサタンが天から落とされた後「突然変異」が何度も起きた証拠になるからです。
 そのような地球上で初めて遭遇する大事な鍵を握っている「はやぶさ」がトラブルによって音信不通になったのですから、超一流の科学者たちでも祈らざるを得なかったのです。
幸い、3ヶ月ぶりに「はやぶさ」からの微弱な電波を捕らえ、トラブルの原因を突き止めて、地球への帰還を2010年6月に予定を立てることが出来ました。
その事は大喜びでの3月7日のニュースとなりました。
本当のことを知る者は、いつでも祈るものをなります。

 イエス様は「私は良い羊飼いです。」とおっしゃって、神様と音信不通になって役立たない人生を歩いている、我が儘で迷子になって不安に怯える子羊のような人々のために、祈りつつ呼びかけ、救いの手を差し伸べておられる神です。
救い主に見出された幸せを、証出来る者でありたいものです。
 

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3月19日の一言
神は(アブラハムに)仰せられた。
「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、
モリヤの地に行きなさい。
そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、
全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」
創世記 22章2節

  3月です。 各地の学校では、それぞれ成長した子供たちが、いろいろな決心を抱いて卒業し、旅立ちをしています。私たちの教会の関係者も大学院、大学、高校、中学などの卒業式でそれぞれ大変です。成長していく子たちのための親離れの時でもあるからです。
 4年前、人生を踏み違えた一人の青年によって、7人の子供たちが殺された「大阪教育大学 池田付属小学校」での卒業式は、新聞もテレビも一斉に報じました。殺された子たちは、在校生と同じように卒業証書をそれぞれ友人たちが代理として受け取り、殺された子の親たちは、「これで辛い思い出ばかりの小学校を一緒に卒業する」と語っていました。これも一つの親離れの姿でもあります。
しかし、たとえ子たちがその手から離れても、親の心はひとときも子を想う思いから離れないでしょう。むしろ手の届かない世界に旅立つ故に、手の届くまことの神へ祈られ続けられるでしょう。
また、子たちの卒業式の旅立ちのことばは、「友のことは永久に忘れません。」との美しいことばでした。しかし、美しいことばは、美しい花のように、一陣の風とともに思い出の世界に放っていくことでしょう。
しかし、親離れした親には決して諦めない祈りがあります。それゆえに「親の厳しい祈りは、子を守る」と語り継がれて、今日になお活き活きとして、親たちを励まし支えるのです。(賛美歌510番)。

「神は、実にそのひとり子をお与えになったほどに、私たちを愛してくださった。」(聖書ヨハネ3章16節)
それは、神の子として創造された人類の祖先が罪に陥って、神の怒りによって滅びの道をさまよい続け、その子孫のすべても同じ道を歩き、争いと欲のためにもっと厳しい滅びに陥ろうとしている中から救うためでした。
そこに神の愛の厳しさがありました。
 アブラハムが神から求められた親離れの別れのとき、この神の愛を体験させられる人となりました。それ故に神の愛を知るものとして、いつも愛する心でイサクのために祈ることが出来る人となりました。
そして肉体の子以上に、信仰によって与えられた「霊の子」を持つ、キリスト者にも親離れの愛が備えられているのです。
 

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3月26日の一言
世に勝つ者とはだれでしょう。
イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。
第1ヨハネ 5章 5節

  「全力を尽くして勝つ」と云うことが、こんなにも人々を喜ばせ、楽しませ、力づけて互いに感謝し合い、接する
すべての人を励ますものなのか。
このことを見事日本中の人々に体験させてくれたのが、WBCの第一回チャンピオンに輝いた、野球の王ジャパンのチームでした。最初というものはいろいろ問題が出るものです。ご多分にもれずWBCも、王ジャパンのチーム結成の時から、王監督の直筆の出場依頼を受けたにもかかわらず、多くの選手の辞退が続いたり、日本のプロ野球のそれぞれのチーム事情とぶつかったりして、難問だらけで大変でした。
 お隣の韓国のように、アメリカの大リーガーや巨人の李選手たちのように「お国のため」に率先して参加したり、政府も一体となって支援するチームとは、天と地の差がありました。だからその大きな差が、韓国にいきなり2連敗、しかも惜敗の繰り返しとなるほどでした。王監督は「勝ちたい」と云う気力の差が出たとコメントするほど明白でした。
しかしその絶望の中から、アメリガがメキシコに負けて負け率の僅かな差で、王者ジャパンはチャンスに恵まれ、準決勝の出場権を手にしました。その時間はイチローたちの豊かな人間の心の発揮によって、チーム内に「勝ちたい」思いが醸し出される時となりました。
3度目に準決勝で韓国に当たった時、王者パンは不思議なほどにチャンスを結果に結びつけ、決勝までそのモチベーションは続きました。王監督とイチローは、その原動力を、お互いのチームを愛し信じる心が一つの力になったことと、同じ表現をしています。他の選手も同感でした。
信じる力が一つとなった時、チャンスを生みチャンスを生かす力が生まれ、結果をもたらすことを、日本中の人々が共感した時でした。

 イエス様が十字架で死なれた時、弟子たちは絶望してそれぞれの故郷に帰り始めました。しかし復活したイエス様は、復活した神の力を働かせようとせず、1人1人の弟子たちに会って、その絶望した心に神の愛を注がれました。
その結果、イエス様を信じて一つ心にされた弟子たちは、イエス様のみことばを信じて祈り始めました。それがあの驚くべきペンテコステの日の聖霊降臨となって、世に勝つ勝利の信仰のすばらしさを人々にも体験させる出来事となりました。
私たちも彼らとともに「キリストの復活の証人です。」と告白して、勝利の信仰を証しし続けましょう。
 

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4月2日の一言
神が御子を世に遣わされたのは、
世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
御子を信じる者はさばかれない。
ヨハネ福音書 3章 17〜18節

   人々はいつの時代でも期待する心を持って、いろいろな考えや教えを紹介して来ました。しかし歴史の流れは、すべてを消し、証拠があるものだけを残します。
 3月30日のニュースの1つとして、1250年前の木簡が徳島県国府町の観音寺遺跡から出土したことが報じられました。その木簡(今の官報に報告する公用文書のようなもの)は「勘籍木簡」と呼ばれる、有能な若者を役人とするために「身上調査」したものです。
 この木簡によれば、阿波の国司(今の県知事)が、中央官庁に報告したものの一部で、「奏、人部大宅」という26才の青年についての調査内容が記されています。それは「奏氏」の一族で大変良い一族の出身者と云う報告書でした。
奏氏の先祖は、秦の始皇帝の長男を先祖に持ち、天皇制国家が形成されるためにいつも犠牲を惜しまないで働いた一族に属する者として、歴史の中で紹介されて来ました。
現代天皇家の始祖と呼ばれる継体天皇が「くずは」で即位した時、寝屋川周辺で活躍していた秦一族が大きな働きをしました。寝屋川高校の東に「秦」と云う町名が残っているのも、その功績が賞賛された結果です。秦氏はユダヤキリスト教徒との学説もあります。
 徳島県文化財センターの発表した「勘籍木簡」も、26才の若者の名に「秦」と云う名字を持っていると紹介しているだけで合格に値することを示唆しています。秦氏一族の評判の良さがよく判ります。本人の人柄や行績を超越した影響力を持っていたわけです。

 聖書は、イエス様を救い主として十字架の身代わりとなって下さった神として信じ従う人を、その人の功績を超えて「キリストにある者」として父なる神に紹介しています。そして人柄に勝る人格的な力を与えて育てて下さる聖霊を、その心に注いで下さいます。
その生き方を通して「世の光」として社会から評価される道を歩かせて下さいます。社会はキリスト者と呼び尊敬して来ました。イエス様を信じてみことばに従う人々への祝福である人間力がそこに見られます。
秦氏に勝る人間力で、キリスト一族の光栄に応えて生かされたいものです。

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4月9日の一言
きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、
神はこれほどに装ってくださるのだから、
ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。
マタイ福音書 6章 30節

   人は誰でも良い体験を重ねることによって自信をもったり、悪い体験を重ねることによって自信を失ったりするものです。しかし自然界はどんな厳しい冬のなかもいつも自信をもって春のために準備をします。そのために自然界にとって春はすばらしい時です。
 新聞やテレビは毎日のように、今週の花の見頃について「大阪は満開、中国地方から滋賀県は来週にも」と、さくら前線の北上を告げています。さくら前線の主役はもちろん染井よしので、これが明治の初め頃東京の染井で、大島さくらと江戸緋寒さくらの雑種として誕生した、歴史が新しいさくらであることもまた驚きです。
 昔から、赤茶色に染まった葉を拡げると同時に淡紅色の花びらをほころばせるさくら「山さくら」は、吉野山や嵐山などで咲き続けてきた日本の代表的な「観桜」でした。山さくらより少し遅れて主に山地で、白い花を咲かせる奈良の知足院の八重桜は「霞桜」の代表格です。それに続いて日本一大きい山梨県武川村の山高神代桜、岐阜根尾谷の薄墨桜、盛岡の石割桜などは各地の天然記念物巨樹名木として大切にされています。
また同じ染井吉野の親すじから生まれた、枝をやさしく垂れ下げて淡紅白一重の花を咲かせる「糸桜」は、福島の三春桜や平安神宮などで人々に喜ばれて咲き誇っています。
みな創造の神が定めた育成の原則に従って、人々が与えられた叡智を結集して、親の系統のさくらに改良した枝を継いで生みだした傑作のさくらばかりです。だから美しいさくらの花は人々の目を楽しませ来ました。
 神はすべての世界で、この創造の原則を堅持して、育てる喜びを人間に託してきました。この創造の原則を無視すれば滅んで行き、大切にすれば美しさで人々を喜ばせて、さらにすばらしい共生社会を拡げる立役者になります。

 イエス様は、人類が欲と罪のために見失っていた「美しくされる喜び」の親木となるために、私たちと同じ人として生まれ、人として生活されて後、十字架の上で、神の愛の花を美しく咲かせて救い主としての生涯を全うされました。
しかしそれで終わることなく、死人のなかから復活して、私たち罪人のための親木として、信仰をもって接がれることを求める人々のために、今も生きて人の心の花を、桜よりも美しい花を咲かせておられる御方です。

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4月16日の一言
信じない者にならないで、信じる者になりなさい。
ヨハネ福音書 20章 27節

  現代は、自己利益追求第一主義から格差社会へと云う、信じ合うことのない地獄の入り口に立たされています。
強い人も弱い人も自己主張第一ではなく、相手のことを思いやって、信頼が生まれる道を発見することが必要です。そこに神が愛をもって働かれる世界が始まるからです。
4月13日のテレビや新聞のニュースで、兵庫県のこうのとりの郷公園の放鳥されたこうのとり2羽が、飛び立ち巣の塔で「つがい」になったことが報告されました。どうも自然の中で卵を産んで孵化できそうだと云う、嬉しいニュースとなりそうです。
 こうのとりは、人間に信頼関係の美しさを教える鳥として、聖書にも「空のこうのとりでもその時を知る。」(エレミヤ8:7)とあります。定めた時にはキチンと渡り鳥として帰ってきて、つがいでいつも行動する、人や自然との信頼によって生きている、美しい大きな鳥です。
ところが江戸時代まで、日本の各地に留まって繁殖して後、ロシヤと中国の国境地帯に渡っていたのに、明治以降、食料として乱獲されたり、こうのとりの餌場が農業の効率化によって奪われたために、1971年日本で、美しいこうのとりは人間の強い欲望の結果絶滅しました。
しかし兵庫県の豊岡盆地に住む人々は、こうのとりに対する悔い改めを始めました。アムール川流域に生息して中国に渡るこうのとりを譲り受けて、こうのとりの立場に立った人工飼育を開始し、どじょうや蛙のいる農薬を遣わない農業に転化しました。
そして30年後の2005年9月24日、自然放鳥に成功。遂に人に育てられたこうのとりがつがいになり卵を産み育てるほどになりました。またこうのとりを中心とする豊かな農業を育てて、信じ合う社会が生まれました。

 神は、罪によって弱肉強食社会に巻き込む悪魔の働く世に、御子なるイエス様を送られました。受けるより与える幸いという、神による信頼文化を構築して、イエス様の十字架の死と復活による新しいいのちの道を提供してくださるためでした。
自己中心的生き方を悔い改めて、復活したイエス様を信じて生きるとき「信じ合い与え合う共生の社会」が実現します。弟子たちが告白した「私たちはキリストの復活の証人」によって、イエス様による共生社会たる教会が生まれました。
「わたしはいつもあなた方と共にいる」とイエス様は言われます。

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4月23日の一言
『なくした銀貨を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』
と言うでしょう。
ルカ福音書 15章 9節

  長い間悩んでいたことを解決するために決心して実行したことが沢山の人々に喜んで受入れられた事を体験出来ることは素晴らしい幸せなことです。
4月19日から20日にかけての新聞やテレビでは「ウクライナの元日本兵、63年ぶりの故郷へ。」というタイトルで報道されました。
 その方は1943年に1枚の招集令状によって陸軍兵として招集され、樺太に連れて行かれた 岩手県洋野町で生活していた上野石之助さん(83才)です。
上野さんは日本が第二次大戦に敗れた時、当時の満州 (今の中国東北三省 )や樺太にいた日本兵士達はソ連によって強制連行され、黒海沿岸のウクライナやカスピ海沿岸の開発のため地獄のような生活に投入された一人でした。私の友人にも同じようなソ連による強制連行によってカザフ共和国で地獄の苦しから救出されて日本に帰国した村松さんという牧師になった人がいます。村松さんの話によれば旧ソ連領内に強制連行されても苦役と飢えによって死んだ日本兵は3万5千人以上にものぼるそうです。
 上野さんも消息が途絶え、厚生省の復員担当部局から戦時死亡宣告が確定していた方です。
上野石之助さんは地獄のような苦しみの中で生き残るためには、大変厳しい生活を強いられたようで消息不明となった理由を聞かれて「答えたくない。ただ、運命だった。」とロシア語で答えたそうです。
でも、石之助さんを弟や妹達と共に出迎えた岩手県知事の増田寛也氏は、日本語を使おうとしないが「少しは判っているようですね。」とうなずいたと伝えています。きっと彼の良心を痛めるようなできごとに何度も直面したことでしょう。でも、望郷の思いは遂に届いて帰国し歓迎されて大喜びでした。
 人間は誰でも上野石之助さんのように「神の許に帰りたい」との思いを内心奥深く抱き続けています。だから、上野さんのように本心を誰かに伝える時 神の愛の働きの中に移され、目に見えない神の御使いの働きに導かれてまことの神イエス様にお会い出来るのです。そこが礼拝の場所です。
出迎えた神の家族に囲まれて「生きていてよかった」と感謝ある人生がそこから始まるからです。

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4月30日の一言
あなたがたの光を人々の前で輝かせ、
人々があなたがたの良い行ないを見て、
天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
マタイ福音書 5章 16節

  社会は、心温まる人が真実な気持ちを注ぎだして訴えることばには「感動をもって応えたい」との思いを抱くものです。
 4月20日の午前、アメリカ合衆国下院外交委員会での北朝鮮拉致問題に関する公聴会が開かれました。そこに北朝鮮に拉致された「横田めぐみさん」の母、横田早紀江さん(70歳)が証人として招かれて、人々の心を打つすばらしい証言をして大きな反響を生みました。その結果として29日にはブッシュアメリカ大統領が面会し、「就任以来、これほど心を動かされた会議はない」と話されました。国際世論も動かして、北朝鮮に拉致されている家族を、1日も早く救出したいと願う拉致家族の願いが小さな一歩を前進させることが出来そうで、私たち支援を願っている者たちにも、光が見えかかって来て励まされました。
 ニュースで北朝鮮に拉致された人々を救出しようと願い家族の会の姿に、北朝鮮を厳しく攻撃する思いを超えて「罪を自覚させながら、拉致された家族をなんとか救出したい」という、暖かな人間味のある方針を貫き、その方針が多くの人々の心を揺り動かして、「そうだその通りだ。だから何とか」と、救出のための応援の輪が広がって、そこに希望の光が差しかけられて来ているようです。
もし拉致家族の人々の願いを北朝鮮との国交化を優先し押しつぶした金丸氏や田辺氏などの自民党や社会党そして公明党の政治優先主義を攻撃し続けていたら、今日の広がりはなかったでしょう。
 拉致家族会があの方針を貫けたのは、キリスト者である横田早紀江さんの「悔い改めと信頼」を目指した福音信仰に根ざしたその生き方に、家族会の人々が賛同し、支援活動に参加した人々も、この方針による拉致救出に全力を傾けた事によるものだと云われています。
 横田さんは拉致された娘の名が「めぐみ」で判るように、福音的なキリスト教会連合、中の島教会で信仰が育てられて、礼拝を大切に守るキリスト者です。また家族支援会も東京基督教大学教授が会長をしています。だから神の義と神の愛がいろいろな形で表現され実行されて、きっと神と人とに受け入れられるでしょう。

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5月7日の一言
弟子のひとりアンデレが言った。
 「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。」
ヨハネ福音書 6章 9節

  純真な心を持つこどもの可能性を信じる人々は、その純真な心を永遠に持って欲しいと願って 子供の将来のために5月5日のこどもの日にかけていろいろな行事を行い、鯉のぼりを揚げるのもその一つです。最近はマンションのベランダなどにも小さな鯉のぼりが風に吹かれてはためいています。
 日本書紀の推古天皇19年5月5日の条に、悪霊を追放するため 菖蒲を軒につるし家の内にも飾って端午の節会をしたという記録が残っています。菖蒲の香りによって悪霊を追い出す信仰のための勝負(菖蒲)に懸けた行事でした。
やがて子供の将来のために悪霊を追放して下さる神に頼っている家ですと、世間に知らせるしるしとしてのぼりを鯉に代えて立てる風習となりました。
鯉は不可能と思われる黄河の瀧さえ昇ると云う、中国の竜門伝説をのぼりにかかげて表明しようとする親を、母方の親が励まし、鯉のぼりを送ってかかげたのが起こりのようです。
 元来 のぼりは幡と呼ばれ、旗印を鮮明にして あやふやな考え方に導く悪霊に勝つことを願う心から拡がったものです。八つの秦氏のユダヤキリスト教グループが、心を合わせて 神によって悪霊から守られ勝利することを表明した「八幡信仰」から生まれたものです。
昔から子供ほど悪霊に捕らわれ易いことを熟知した人々が 子供たちに代わって悪霊に勝たれた「神に」頼ろうとした結果です。悪霊と勝負(菖蒲)して悪霊を追放して下さる神により頼んでいる家族であると他の悪霊に知らせて 子供の将来が不可能と思える瀧さえも昇り切ることの出来る 永遠の祝福を求めた行事です。

 子供がイエス様のお話を聞きに行くことを知った母親が、子供の思いを知って喜んで作ったお弁当(大麦のパン5つと小魚2匹)を作って子供に手渡しました。その母の愛情のこもったお弁当を、子供はイエス様への感謝を現すためにイエス様に捧げました。欲と打算に閉じ込めようとする悪霊の働きに勝利した子供の純真な姿が見られます。
イエス様が「幼子を私のもとに連れて来なさい」と云われる理由は、子供たちを悪霊から守って、純真な心でイエス様の証し人として用いるためでした。
 聖霊は親心をもって私たちを神の子供として、悪霊に勝利した証しをかかげて イエス様の証人として導いて下さいます。

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5月14日の一言
だれに対しても、何の借りもあってはいけません。
ただし、互いに愛し合うことについては別です。
ローマ人への手紙 13章 8節

   愛されている故に自分も愛を注いで生きたいと感じる人は幸せな人生です。逆に愛を受けても尚愛を感じれないでひとを愛することのできない人生は不幸です。一人でも多くの人々が、愛を働かす人生を送って戴きたいものです。
 5月の第2日曜日は、いろいろな人々が「母の日」として母の愛に感謝してプレゼントを贈るようになりました。マスコミの調査によると「母の日」商戦の売り上げは、クリスマスやバレンタインデー商戦の売り上げを遙かに超えて、今年は景気の回復も後押しして、6,000億円になるそうです。
 「母の日」は100年近い前、アメリカ、フィライデルフィアの「アンナ・ザービス」さんが、すばらしい日曜学校の教師であり、すばらしい母が5月9日に召されて、母への感謝を顕すために、教会へカーネーションを持参して、人々に送ったことが始まりでした。その話を聞いた時の合衆国の郵政大臣でアメリカ全土のデパートを経営していたジョン・ワナメーカーが、自分の経営するすべてのデパートでアンナと同じ気持ちを表してカーネーションを人々にプレゼントし、また5月の第二日曜日を「母の日」として祝う様アメリカ議会に提案したところ、ウィルソン大統領が「母の日」を国民の祝日として制定して拡がりました。
 その翌年1915(大正4年)、日本でもまず教会で母の日を祝った記録が残っていますが、一般化したのは、熱心なキリスト者として知られていた森永泰一郎氏が1937(昭和12)年の5月第二日曜に「森永製菓が社会の人々とともに祝う日」として人々に森永キャラメルをプレゼントして、大きなニュースになって拡がったとの記録が残されています。
デパートや製菓会社が広めたためか「母の日」の主役は、母の日の商品を売る立場に代わってしまいましたが、良いことはいつも教会から始まります。
 ちなみにアンナの母が大好きで人々に母に感謝する思いでプレゼントしたカーネーションは、イエス様が十字架の上でしなれた時、母マリヤが流した涙の落ちたところに咲いた花との言い伝えによって、愛の勝利者が結婚式の当日に頭に飾る花冠をカーネーションで造られる風習が生まれたそうです。
 聖書は、ほんとうの愛は、神から人間への贈り物であるイエス様を救い主として受け入れ、その愛に生きる時実現する(第1ヨハネ4:7-10)と教えています。「愛は神からの借り物」だからです。
ただで神から受けた愛は、ただで人に与える時、いつまでもその実が残り、多くの愛の花園へと拡がります。

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5月21日の一言
すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、
父なる神がほめたたえられるためです。
ピリピ人への手紙 2章 11節

  「ほめたたえたい」気持ちを持たされる時 人々の心は幸せです。逆に悪を攻撃したり批判したい思いにさらされる時は不幸になる。
 拉致被害者会の会長であり北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのお父さん横田滋さんは、5月16日ソウルに めぐみさんの夫であった可能性の高いキム・ヨンナムさんの母チエ・ゲウオンさんを訪ねてソウルに旅立ちました。
横田さんはチエさんに合った時「めぐみがヨンナムさんと愛し合い、キムヘギョンさんと云う元気で賢い子が育ったことに感謝します。早く帰れることを祈っています。」とことばをかけた新聞やテレビのニュースは伝えています。
 横田さんもチエさんも同じように、13才のわが子を北朝鮮政府の工作員が拉致して、地獄のような生活に投込まれた親同志でした。
しかし、共通の苦しみに会わせた北朝鮮の政府関係者を攻撃する代わりに、お互いの子供たちをほめ合ったことは、すばらしいニュースとなって世界中の新聞に記載されて拡がりました。
その結果、人々の心の中に「2人の子供たちはきっと帰れるだろう」と、希望的な思いがニュースと一緒に拡がっています。辛い時でも「ほめることは」を用いることの出来る人生は 接する人々に幸せな思いをもたらすからです。
 そのような思いを拡げている横田滋さんの人格的な豊かさを感じさせられたのは、横田さんの韓国語の通訳として、片時も横田さんを離れず支えていた 救う会副会長の西岡力さんの姿が象徴しています。
 西岡さんは、めぐみさんが出席していた新潟にある教会の日曜学校で学び筑波大学院で韓国と北朝鮮学を研究して、現代東京基督教大学の教授として聖書信仰に立って教えている研究者です。だからどんな希望を奪うような中でも希望を育ててベストを尽くして来ました。

 神は、神を否定して悪魔的な考えを正当化して生活している人々を地獄のような世の中から救い出すために人々の心に「神は救い出すことの出来る御方」であることを信じさせて、その思いをほめたたえ、神がともに働いて救い出して下さる体験者とします。そのために御子の十字架の死が必要でした。
この神の愛の力を信じる人々こそ、絶望的な中にある人々を救い出すため 人間の強さを用いる人とされるのです。

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5月28日の一言
完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、
すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。
こういう人は、その行ないによって祝福されます。
ヤコブの手紙 1章 25節

  感動をもって心に刻み付けるという事と、美しい話を聞いて知っているだけとの間には、天と地とほどの違いがあります。頭で理解して終わりではなく、実行させる力が生まれるからです。
 5月21日(日)の早朝、午前5時30分頃、東京の新宿区にある山手線の新大久保駅の内回り線ホームで、夜遊びのために酒を飲みすぎて酔っ払っていた18歳の女子大生が、泥酔状態で倒れこみ線路に転落しました。ホームでそれを知った20人ほどの人々は、ただ見ているだけで何もしようとしませんでしたが、一度は知らずに通り過ぎてから大騒ぎになっているのを知った韓国人留学生、申ヒョングさん(27歳)が直ぐ戻ってきて、線路に飛び降り、酔っ払っている女子大生をホームまで抱きかかえ上げて助けました。
 このニュースを24日(水)の朝日新聞の朝刊は「先輩から勇気・・・転落女性を救う」と全国版で紹介しました。いくつかのワイドショーでも「私ならばとても出来ない」との感動を添えて伝えていました。
 「先輩から勇気」とは、5年前の2001年1月、同じ新大久保駅で線路に落ちた男性を助け出そうとした韓国人留学生、李スヒョンさん(26歳)が電車にはねられて亡くなったことを指しています。申さんは李さんとは故郷も同じで、韓国にいる時、この出来事を知って深い感動を憶えて心に刻みつけ、日本に来ても同じ日本語学校に学びました。
そして5年後、同じ駅のホームで酔っ払った女子大生が線路に落ちたことを知った時、一瞬ひるんだそうですが「先輩の李さんを思い出して、自分もやらねばと思い、その途端、無我夢中ながら何倍もの力が出ました。」とその心境を語っていました。
 ここに聞いて忘れてしまう人と、心に深い感動をもって刻み付ける人との違いがあります。世界中の人々は、イエス様が全人類を救うために十字架に掛けられ死なれたことを知っています。しかし、「この私のために」と深い感動をもって心に刻みつけた人だけが救われると聖書は約束しています。
救われるのみか、イエス様から贈られる神の力強い愛に動かされた未来に向かって「救われ続ける人生」を歩むことができるのです。
頭で理解するよりも、心に刻み付ける尊さを知ることは幸いです。

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6月4日の一言
この希望は失望に終わることがありません。
なぜなら、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
ローマ人の手紙 5章 5節

   暗い世の中にあっても、人々の心を希望でつないで光を見出せる役割を果たしているもののひとつはスポーツです。見たり応援したりしている内に、いつしか応援するチームや選手たちと一緒になって喜んだり悔しがったりして暗い思いも吹き飛ばすファンに育ってきました。
 6月9日に開幕するサッカーワールドカップ、ドイツ大会に出場する日本チーム、ジーコジャパンは、5月30日の夜、ワールドカップには過去3回優勝を飾り、前回の日韓大会では準優勝をして、今回も優勝候補の呼び声が高いドイツ代表との親善試合で、2対2で引き分ける大健闘をしたことが連日のニュースでにぎわい、ファンを喜ばせています。
 それは日本チームが出場するドイツ大会では、予選Fグループ4チームに、優勝候補のブラジル、前回韓国代表をベスト4まで導いた監督が率いるオーストラリア、そしてクロアチアと、予選リーグに2位以内の成績を獲得することが難しいことを、日本のファンは良く知っており、気の早い人は決勝リーグも諦めかけていたからでした。
ドイツ代表チームに高原が得点し、もしかしたらドイツに勝ったかもと期待できた成績に、決勝リーグ出場に希望を見出して、ファンからサポーターになろうと思う人々も増えているそうです。中にはことによったら、強豪ブラジルにも勝つチャンスもあるかもしれないと期待する人さえ生まれています。
希望は人々の気持ちを自己中心によって失望させる暗い思いから脱皮させて、心を大きなものに向けさせて、他の人々と一つになれる幸せの光のような役割を持っています。

 イエス様は「私は世の光です。私に従う者はやみの中を歩むことがなく、命の光を持ちます。」と、おっしゃいました。そして心をイエス様とその働きにむけるならば、イエスさまのお働きも、そして他のイエス様を信じて従う人たちの生き方も、私の喜びとなる信仰の原則的な働きの中に生かされて、やがて自分も同じ生き方の出来る、赦された罪人としての証の人生を歩む人とされます。
そこにはファンやサポーター以上の試合に出場出来るチャンスさえあるチームメンバー、神の家族の一員としての栄光ある人生が待っています。それが十字架の赦しと復活の命による希望ある生活です。
ペンテコステから教会に、この希望が生まれ拡がり、今日に至っています。

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6月11日の一言
あなたがたは、世にあっては患難があります。
しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。
ヨハネの福音書 16章 33節

  賑わしく紹介されていた、サッカー ワールドカップドイツ大会も開幕しました。それぞれの代表チームの打法チームのメンバーもサポーターも、そしてにわかファンも、私の代表チームは予選も決勝リーグも勝ち抜いて、最後のトーナメント勝ち抜き戦に勝ち残ると、熱い心を燃やし続けます。
 しかし代表チームは強いだけでは最後の勝利者にはなれないことを今までのワールドカップの経験で何度も体験してきました。強い上に知恵が必要であることは当然です。攻撃グループ、サポートグループ、守備グループがボールを追って一つの流れのように流れて、ボールをゴールに投げ込むためには、あらゆる状況に適した知恵と、それを活かす技術が一体となる必要があります。
そこに練習から失敗を活かす瞬間的な判断と行動が生まれるからです。

 十数年前、将棋の世界で四冠を獲得して、最も強い棋士と呼ばれた谷川九段は、名人位を獲得した羽仁世代の棋士によって次々に四冠を奪われました。それは1996年2月のことでした。無冠に転落した谷川九段は、「一番苦しい時の自分の心の状態を、将棋の駒の字として書き残して、自分の将棋を取り戻すことを念じて」一つ一つの将棋の駒の字を書き、その年の年末になって奈良県在住の駒師、藤沢良尊さんがその文字を彫った後、その上に漆を流し込んで盛り上げて完成させました。この将棋の駒は「やまとの匠、近代から現代まで展」に、奈良国立博物館に、6月10日から特別陳列されていると、6月8日の朝日新聞文化欄に大きく紹介されていました。
この駒が完成するまでの月日を谷川九段は、一つ一つの黄楊の駒に向かいながら自分の将棋を見つめて、本当の自分を取り戻すことに成功したそうです。
それが竜王位を奪って強い棋士として復活することが出来たと自戒されています。

 自分ばかりを見つめていつも失敗を重ねて来た人類のために、イエス様は神の立場を捨てて私たち弱い愚かな一人の人として十字架と復活に至る永遠のいのちの道を、私の身代わりとなって歩いて下さいました。
それはイエス様の購いによって、信じる者たちが過去の罪と弱さに勝利する「信仰による勝利の道」を完成するためでした。だから自分の経験に頼ることなくイエス様の知恵から与えられる「神のみことば」に従うことの練習を繰り返す人々は、聖霊の力によって、すべての人々と勝利の喜びを共有出来るのです。

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6月18日の一言
私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。
神の恵みをむだに受けないようにしてください。
コリント第二の手紙 6章 1節

  地球から宇宙に飛び立った宇宙飛行士たちが、宇宙から地球を調べたすべての人たちが実感することは、地球は宇宙の中でも特別な恵みに包まれていることを知って感動し、何としてでも地球が今まで受けてきた恵みを大切に守るためにこの人生を捧げたいと思うそうです。

 小さな弱い人間の力ではどうすることもできない地球の中で、神の恵みを知って「少しでも神の恵みを受け続けるための人としての働きを進めよう。」との思いで出発したのが、石油関連の燃料(化石燃料の燃焼)や人間中心の快適な生活のために大気中に大量に排出してきた「二酸化炭素」を減らそうとする京都宣言に沿った努力を始めたことです。
 今、地球は氷河期から間氷期に移動する温暖な時期を過ごしていると言われています。つまり、神の特別な恵みを甘受している時代です。
しかし、人間だけの快適な生活を求めて石油資源を大量消費して急激な地球の温度を上昇させています。その結果温暖化が従来は平均気温が0.6度程度であったものが5.8度に急上昇し、氷河が溶けだし、海面水位が上がり、異常気象により洪水と渇水が繰り返され、農作物の生産は大混乱を起して恐ろしい未知感染症がいろいろな生物から抵抗力を奪って、その影響が人間にまで及んできました。
その原因は「二酸化炭素」の増出を吸収する自然形態のあることを推算総合センターと東京大学のチームが発見して、その内容を明らかにしたと6月13日のニュースは告げています。
 それは、二酸化炭素を光合成で吸収して植物化したプランクトンを食べて育つネオカラヌスと云うプランクトンが発見されたことです。
このネオカラヌスによって日本の排出するCO2の半数にも当たる影が自然処理され、また植物プランクトンが同量のCO2を吸収して来たため、今まで被害は半減されて来ていることが判明しました。
まさしく神の特別な恵みです。しかしこの特別なプランクトンの活動の同期は、20年でしたが今後継続する保証はありません。
神は特別な恵みであるイエス様の十字架による救いと同じです。自然界も信仰の世界も神が特別に与えられた恵みを活かして、神をほめたたえたいものです。

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6月25日の一言
わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、
永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
ヨハネの福音書 5章 24節

   先週、ワールドカップで、日本代表が無惨な負け方をした理由の1つは、新しいサッカーボールの特徴を上手に活用する技術に欠けていたことです。
サッカー技術が上達した選手たちは、新しいボールの特徴を上手に利用して、ここと言うとき、早いボールや曲がるボールで得点を重ねました。
 6月23日の朝日新聞の経済面に「X線レーザー試作機で成功。ナノの世界、で日本が最先端」とニュースで紹介されていました。「ナノ」とは10億分の1メートルの長さの単位を指すことばです。長さの単位は始めはキロメートルで、地球の周りの四分の一(1弧脹)を一万キロと定めて長さの基準としました。やがて科学が発達して短い長さの単位はメートルとなり、ミリメートルから、マイクロメートルと長さの基準が変わり、現在は科学的基準がナノメートルに移っています。そして日本の科学者や技術者はナノの世界でもトップの成果を挙げています。不自由している携帯電話の電池切れも、ナノ技術によって歩くたびに自家発電する装置が出来ます。
 今までのサッカーボールは台形の皮を貼り合わせたボールの中に入ったゴム袋に空気を入れたものでした。そのため雨になると水を吸った皮ボールのためにへディングして脳震盪を起こして死んだ選手もいました。ところが日本の技術者はナノ技術を活かして、気候と関係ない、皮の縫い目のない、空気の抜けないサッカーボールを開発しました。世界サッカー連盟は今回からのワールドカップから、ナノ技術によるボールを使い特徴が紹介されました。

 神は全能の愛によって人類を導き、人々の人生の土台となる考え方を、人間中心から神中心へ移し始めて、神の守りを少しだけ取り除きました。神の守りのない分悪魔の働きが大きくなりました。人類を育てる神の愛に育てられて、甘えではなく、神のことばに導く神の義の力に従って、罪が明らかにされる時代となりました。甘えの信仰は敗北したサッカー選手のようです。
 十字架の上でイエス様が受けられた罪人としての苦しみの道を歩む人だけが、イエス様の十字架の勝利の証し人として生きることが出来るからです。
しかし多くの人々は甘えの信仰によって、悪魔の働きがそのまま生活に現れて困惑しています。新しい時代それ
は世界のサッカー選手のように、神のみこころをよく知って救いを活用して罪に勝利する人生を、生きる時代です。

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7月2日の一言
あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。
ヤコブの手紙 3章 13節

    長い間インドネシアそしてマレーシアの文字のない人々の住む地域で生活し言葉を学び、辞書や昔話の本、そして世界の共通の本「聖書」の翻訳に励んで来られた土井彰宣教師が、門真に来られました。
その目的は北ボルネオ ボーガン語圏の人々との文化交流の支援に多くの人々に参加して戴くことです。
 枚方には「王仁博士記念公園」があります。古事記や日本書紀によると「王仁博士」は1400年前の4世紀待つ、応神天皇の時代に韓国から文字(千字文一巻他)を携えて日本に文字文化を定着させるために働いた人です。
その子孫は日本で使われている言葉を漢字に当てはめて人々に教えました。その結果、日本は中国・韓国などと文化的な国際交流が出来るようになり、そこから法律に基づく律令国家として、素晴らしい知恵文化が生まれました。
 土井彰・圭子宣教師、そして山見リツ子宣教師たちのウィクリフの働きは、「王仁博士」と同じような知恵による文化交流に貢献されています。

 ドイツで開かれているサッカーのワールドカップでは、選手の高い技術と知恵を用いる戦いとして、多くの人々が感動しています。その公認されたサッカーボールは、日本ベンチャー企業の「ナノ技術」を結果として造り上げた完成度の高いもので、ドイツのアディダスが世界ボールとして、まず600万個売り出しました。そのためヨーロッパのプロチームの選手たちはいち早くこのボールに慣れ親しんで、その特徴を活かせる技術をマスターしました。
そのため、ボールに慣れない選手と慣れた選手ではシュートの成功率に大きな差が出ています。
決勝トーナメントでも、ガーナがシュート8本で成功は7本、ブラジル代表は11本で成功が10本でした。得点王候補のドルダバでも6本のシュートで成功が2本で敗退、守備も同じでした。準備段階でのボールはヨーロッパで1500万個売れたそうです。

 聖書は「キリストは私たちの知恵となられた」と宣言しています。高い文化を育てるためにこの「信じる心」を磨き上げるため、イエス様は十字架の知恵、復活の力を心の中に注いで、素晴らしい人間社会の中で活動できる教会チームを生み育ててくださいます。
そこには、まず愛というガソリンを信仰によって活用する力が必要なのです。

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7月9日の一言
世に勝つ者とはだれでしょう。
イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。
ヨハネ第1の手紙 5章 5節

    サッカーのワールドカップの影響でしょうか。「勝つ」というキーワードが氾濫した1週間でした。そのためか7月4日(火)の朝日新聞の論説までが「勝つ」ということばで「もったいないが勝つ」と、人々の欲望の強さに便乗して選挙をすすめた前の滋賀県知事に、莫大な経費を地元負担するような新幹線の新駅建設に反対して立候補した女性候補が勝った話と、世界第2位の大金持ちが、金持ち競争に勝った証として、貧しい子どもたちや教育や医療のために、4兆3千億円のも大金を寄付した「まことの勝者」とは何かと、ライブドアや村上ファンドなどの小金もちと比較しての提言がなされました。
 朝日新聞では、この話をニュースで取り上げ、人物紹介で取り上げ、そして天声人語でも取り上げ、とうとう社説として社会に提言したほど、力を入れて紹介しています。サッカーのワールドカップも北朝鮮ミサイル発射事件も大きなニュースですが、水の泡のように時が過ぎれば消えてしまいます。
しかしこの話は世界第2位の大金持ちが、世界ナンバーワン金持ちがその全財産を投じて進める慈善財団に寄付して、合計8兆円にも昇る慈善資金の活用によって毎年1兆円近い大金が、半永久的に提供される美しい事実です。
 このニュースの主人公、ウォーレン・バフエット氏は、現代のセレブやその家族たちの小金持ちたちが、自分の力で稼いだ金だから、自分の好きなように湯水のように使う愚かな生き方はしていません。
キリスト者たちの共通の考え方である「神から託されたもの」として、神が一番お喜びになる使い方をして、その素晴らしさを証しています。
ウォーレン氏は資産家の子供が親の資産によって優位に立とうとする考え方に反対で、すべての人々の人生のスタートは公平にあるべきだと、全資産の85%に当たる4兆3億円の株をビル・ゲインズ慈善財団と、残りを自分の考え方に同意している家族が設立した4つの財団に寄付するそうです。
世界最高の伝説的金持ちとなったアンドリュー・カーネギーも「子孫に美田を残すのは最も愚行である」と言って、莫大な資産を社会活動に投じても尚、財産は増え続けたそうです。

 イエス様は、その最後に残った肌着までも「神から託されたもの」として神に委ね、丸裸で十字架にかかって死なれました。それ故に父なる神は、イエス様にすべての名に勝る高き名「主」を与えて礼拝される勝利者とされました。
神から受けた物は神に返す時、欲に対する勝利者として尊敬されるのです。

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7月16日の一言
主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』
と言われたみことばを思い出すべきです。
使徒の働き 20章 5節

    アメリカの経済は今年の1〜3月の実質国内総生産(GDP)の伸びが前年と比べて5.6%にもなり、その好調ぶりは驚きです。
ブッシュ大統領はその好調にもかかわらず莫大な赤字の原因は世界の平和のためアフガニスタンとイラクへの軍事支出にあると言明しています。確かにこの二つの軍事行動はテロからアメリカを守る以上に世界平和のための出費として結果は悪くても動機は立派だとアメリカの多くの国民の思いに応えた発言でした。
 そのブッシュ大統領が74代目の財務長官に4ヶ月かけて依頼し続けた先日やっと就任してもらった人物について、12日のニュースは紹介しています。その人の名前は世界最大のアメリカの投資銀行ゴールドマンサックスの最高経営責任者ヘンリー、ポールソン氏(60歳)です。この超大物の起用成功にアメリカ政府や議会は手放しの喜びを現しています。
 ポールソン氏はキリスト教科学の信者で酒もタバコもたしなまず、いつも聖書を手にして時間を惜しんでは聖書を読み、その行動は常に聖書に照らした倫理観に裏付けされたものとして賞賛されています。
 ポールソン氏の大学時代は、アメリカンフットボールの攻撃選手でした。小柄なハンディーを激しく巧みなプレーで通し「金づちヘンリー」として知られたエネルギッシュな選手でした。その選手と照らした行動は日本人の情に流される盲愛的な甘えは認めず、神の愛に正しく応答する厳しい生き方を自分にも人にも求めることで知られています。
それ故にポールソン氏は大切な資金を提供する人々の信頼に応えるために徹底的に聖書に照らした考え方を貫き通して世界中の投資家の信頼を獲得して来ました。その結果、聖書のみことばのとおり「受けるより与える方が幸い」を実証して、個人資産も7億ドル(800億円)を越えているそうです。

 イエス様は神のあり方を捨てて、自分を捨てて、十字架の死の道を選ばれて人々に救いの道を開かれました。それ故に全宇宙を支配される父なる神は、キリストを高くあげてすべての名に勝る「主」の名を与え、すべての人がひざをかがめて拝むべき御方とされました。
 聖霊はイエス様の生き方をする人々を、助け励まし証人として下さいます。この神の恵みに感謝しこのイエス様に賛美を捧げる人となりましょう。

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7月23日の一言
順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。
それは後の事を人にわからせないためである。
伝道の書 7章 14節

  動物と人間の違いの1つは、比較して自分の姿を知ることが出来るのが人間で、自分を知ろうとしないのが動物だと言うことが出来ます。そのような点で、現代人は人間よりも動物以下の生き方をしているようです。
世界中のスポーツ好きの人々の気持ちを盛り上げた、サッカーのワールドカップも、イタリアが決勝でフランスに勝利して幕を閉じましたが、ジダン選手は幕を閉じることがありませんでした。
イタリアのマティラッツィ選手から挑発されたことばがジダン選手の心を傷つけたままだったからでした。この問題について7月20日、国際サッカー連盟は規律委員会を開いて、ジダンとマティラッツィの両選手に、出場停止と罰金を科することを決定したと、ニュースは報じました。(ジダンは引退を発表しているために社会奉仕活動3日間を科すことになります。)
 しかしフェアプレーを大切にする立場を貫いて、暴言を繰り返して挑発された結果のジダンの行為と認めて、大会のMVPはジダンから奪うことをしなかった決定に、ファンは一安心でした。
ことばは暴力以上に人を傷つけ、時には相手を自殺に追い込むことさえあるからです。ことばの暴力こそ心しなければならないからです。

 各地で土砂災害をもたらしている梅雨前線は、先週一杯、日本の各地で猛威を振るって来たが、今週中には東へ去って、本格的な夏の到来も、もう目の前です。しかし気象台の調査では、梅雨時期の雨量全体では変わりないのに、15年前頃から集中豪雨が多くなり、必要な雨の水も鉄砲水となって大部分が海に逃げているとのことです。
もうぼつぼつ人間も神に対する態度を反省しないと、大変なことになろうとしています。
 神の恵みに対して感謝することを求められているのに、人間社会は神の扱いを非難しているだけにとどまらず「神なんかいない」と神を抹殺することばを平気で口にしているからです。だから神は恵みの雨を少し時をずらして、反省させるチャンスを与えようとしておられるのです。
 罪のない愛の結集された人生を歩まれた御子なる神が、十字架の上で、父なる神に捨てられて死なれた姿は、神の怒りの恐ろしさを知らすためでした。
悔い改めて神に感謝する人々は神が味方になられます。

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7月30日の一言
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、
御子によって世が救われるためである。
ヨハネの福音書 3章 17節

  最近のニュースを見て感じることは、失敗した人、挫折した人、罪を犯した人たちが、その中から立ち上がろうとすることに、温かな目を向けなければ大変なことになると感じている人が少しづつ増えてきたようだと言うことです。
 自民党の新しい総裁選出のために、そのような志をもっている国会議員たちが、阿部官房長官を担ぎ出そうとして議員連盟を発足させたところ、派閥を超えて100人近い人々が集まったそうです。ことばだけですべては丸
投げ方式の小泉政権のやり方を直さないと、広がる格差のために自民党はこのままでは大変なことになるとの、危機意識の現れだとは解説者のことばです。
7月27日、農林省と厚生労働省は「牛海綿状脳症対策本部」を開いて、米国産牛忍苦の輸入再開を決定しました。また、日本国内で牛海綿状脳症が確認された時の責任を問われて降格した役人を、8月1日付で農水省事務次官に昇格させました。
それは、アメリカも日本国内も、「BSE]に関係した機関の関係者が自分たちの失敗を認めて正常化させるために努力したことを認めて、これからは頑張れと、励ます処置であったことを明らかにしています。
 政治的な失敗による「格差社会」の出現、国家的失敗による「牛海綿状脳症」の出現を認めて、改善ための努力を評価しようとする方針を受け入れない限り、善い働きは育たないとの当事者たちの主張は、これから日本に住むすべての人々の判断に託されたと言うことでしょう。
もしこの主張が利害に基づくものであれば、日本の将来は利害に左右されるようになっていきます。

 イエス様はある時、二人の息子の話をされました。父親の大切な頼みを断った弟と受け入れた兄です。断った弟は後でよく考えて、結局頼みに従いましたが、受け入れた兄は自分の生活を優先して結果的に従いませんでした。
正しい悔い改めは信仰による行動によって評価されると教えられたのでした。イエス様はいつも純粋な動機を大切にされるだけでなく、純粋な生活行動を育てられる「救い主」です。さばく神ではなく愛をもって人の心を育てる「十字架と復活」の信仰に導かれるお方です。

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8月6日の一言
私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。
ヨハネの手紙第1 5章 4節

  どのような人でも、心の中の戦いに勝利するためには支えが必要です。
7月5日プロ野球ソフトバンクの王貞治監督は、医師から5センチの「癌」が胃に出来ていることを告げられ、17日慶応大学病院にて胃の全摘手術を受けて成功し、8月2日には無事退院して記者会見で感謝を述べられました。その時「ファンの皆様からの熱烈な声援と、万全なる体制による手術に支えられた感謝と、チームに戻って勝利の喜び、負ける悔しさと味わって最後にはトップでゴールしたい」と、復帰への意欲を示されたそうです。
 王貞治という人は、 他の人々が想像も出来ない様な苦しみに何度も直面してきました。しかしいつも人並みはずれた努力を積み重ね、勝利の道を歩いてきた人です。
その努力から一本足打法を完成させ、世界のホームランキングとなり、栄光の巨人軍監督を追放されても、九州に移ってパシフィックリーグのキングチームを育て、またオリンピックでは全日本の監督として金メダルを獲得しました。
 王監督は個人の努力を超えた支え合う力のすばらしさを痛いほど知っています。だから5センチもの癌が出来ても、支えられる力を信じて、自分としてするべき努力を重ねて、常識を超えた回復をすることが出来たのです。

 イエス様は、十字架につけれる前日、弟子たちに「あなた方は心を騒がしてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。わたしのいるところにあなた方もおらせるためです。」と約束されました。
イエス様のその約束はあの十字架の死を超え、復活と昇天の栄光の歩みの中でも消滅することなく、ペンテコステの日に、ベストを尽くして祈った弟子たちの心に、聖霊を送って実現してくださいました。
このキリスト教会の体験を「共生」と呼び、イエス様を信じる心でキリスト者たちは、世の中に仕え、暗い世の中に光を掲げて、イエス様に支えられる幸いを、自分や世の中に勝つ生活によって証してきました。
復活されたイエス様は、500人以上の弟子たちのところをお訪ねになって、十字架の死が続く栄光の道を示され、祈りの群れに参加するよう導かれました。
しかしペンテコステの光栄に与えられた弟子たちは120人だけでした。支えられる人がベスト尽くす時だけ、勝利があるからです。

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8月13日の一言
それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。
ヨハネの福音書 3章 15節

  昔からアジアの人々は、1年の最中に当たる旧暦の7月15日には、先に死別した人々を偲ぶ風習を持ち続けてきました。
 去る8月4日(金)のテレビ番組「徹子の部屋」では、ゲストの宇津井健さんが、黒柳さんに、先日亡くなったばかりの奥様のことを話しておられました。宇津井さんの奥様は、ご自身の死を感じ、自分の死後の事を幾つか宇津井さんに守って欲しいと頼まれたそうです。そのひとつが再婚することだったそうです。
 宇津井さんの奥様は、井上洋一という比較的プロテスタントに近いカトリックの神父さんから洗礼を受けた方で、宇津井さんも井上神父から洗礼を受けているそうです。その為でしょうか、宇津井さんは喪が明けたら、明るく生活しようと考えているそうですが、「キリスト教の喪が明けるのは、何日なんでしょうか」と黒柳さんに質問され、「私はプロテスタントですが、キリストは復活したので、喪は無いと思います。でも一度、井上神父さんにお尋ねになったら?」と黒柳さんが答えると、宇津井さんはビックリして「そうします。」と返事されていました。
 イエス様を信じた人々にとって「死」はなく、主イエス様の御許しに迎えられる光栄の日であり、むしろ残された者への慰めが必要なときです。しかしイエス様に迎えられない人々にとっては、地獄への第一歩です。
 インドで衰退していた小乗仏教が神の愛と恵みによって、永遠の生命を持つと教えたトマスの宣教によって、外道の大乗仏教として再発展しました。その外道の弟子「目蓮」は、自我の確立のために仏の弟子となりましたが、「罪のために地獄で苦しむ父と母を、苦しみから救うために仏に教えを求めました。すると、仏は地獄で逆さに吊るされ苦しんでいる母の霊魂のために、7月15日(1年の最中)に沢山のご馳走を作って人々にふるまい、多くの僧侶を招いてお経をあげ、全ての財産をお布施して供養するならば、その1日だけは苦しみから救われると教えました。」
その教えは中国で梁武帝の4年(538年)、日本では斉明天皇3年(657年)に始められた「うら盆会」として現代に至っています。
 死は、罪の代価として受けるものです。しかし、イエス様は、その罪の身代わりとして十字架で死なれました。だから罪許されて永遠の命を受けた人々は、全存在をかけて死から救われる道を宣べ伝えるのです。

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8月27日の一言
目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、
そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。
第1コリント 2章 9節

  科学の歴史は 人間が作り出した小説や演劇とは比較にならない大きなドラマを生み育てて来ました。
1935年、28才の若い湯川秀樹が研究を進めた結果発表した「中性子論」が実証されて以来、今では中性子の線量分布の特性からガンの検査で治療のためには欠かすことの出来ない存在となっています。
反対に理論との論争の中で実証されてその役割を果たす、それが科学です。
 8月にチェコのプラハで開催されている国際天文学会連合での中のテーマは、「太陽の惑星を12個」とすることでした。
この提案を推進し進めたのは、すべてのものにはそれぞれ役割があると云う聖書を土台とした考え方を「基本理論」とする「NASA」の実証的の科学者たちでした。その中心理論は活動状態からどんな役割があるかの検討でした。
しかし唯物論科学者たちの理論は大きいか小さいかでした。結果は多数決で 大きいことが前提となる理論に賛成者が多数で、地軸が他の惑星の水平軌道とは全く違う垂直軌道の天王星や海王星も役割には検討せず、大きさで決定されました。その上、軌道が太陽系外への宇宙に向かっている新しい第10惑星などは 冥王星などとともに「矮惑星群」と多数決で決定したのです。
 太陽系の惑星について聖書(創世記37:9)には、ヨセフの「太陽と月は11の星とプラス地球」の12個が、それぞれの役割を持つ惑星としての神のみこころを行う存在として明らかにされています。また世界最古の文献資料、古代メソポタミヤ文明のシュメール人粘土板にも12個の惑星が刻まれ、その役割が示されています。
 それ故に聖書のメッセージを大切にする科学者たちは、その点に立って12個の惑星の存在を定義づけようとしましたが時至らず、イエス様を十字架につけようとの声が勝ったと同じ結果になりました。
イエス様が人とならえたのは、救い主としての役割を果たすためでした。人々はそれを認めませんでしたが、人類の歴史が進む中でその事実が明らかになり、しかもどんなに小さな人でも役割の故に、聖霊の助けによって大切にされることをキリスト者たちは体験し証しています。

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9月3日の一言
神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、
また和解の務めを私たちに与えてくださいました。
第2コリント 5章 18節

  現代ほど人の生き方に「いやし」を必要とする時代はありません。
昔は人間関係の中で、また自然とのふれ合いの中で「いやし」を体験しながら生活することが出来ました。しかし現代はすべて批判し合い、心が傷つけられて「いやし」の場を見失っています。 まず自分自身の考え方を制してから、どのような動機で物事を見るかを明らかにしないと、人の心を傷つけながら自分の心も歪めます。
8月30日、2016年夏季オリンピックの日本の立候補都市の権利を、東京が福岡を僅かな差で獲得しました。この立候補都市の選考のための宣伝合戦は、東京都の石原知事が、福岡の方針をかなり強い口調で批判したことから、泥沼合戦の様相を呈した次元の低い争いとなりました。その結果、「アジアで初めてとなる2回目のオリンピックを」との理由は多くの競技団体の反発を受け、かろうじて国内オリンピック委員会の委員たちの支持で東京が選ばれました。その経過の中で東京都は自分たちの進め方について反省し、スポーツ界に対して「計画はいかようにも変更します」との姿勢に変わり、石原知事も「各団体とも協力して更に努力していくつもりです。」と談話を発表して盛り上がりが期待されつつあります。
 なぜ東京でオリンピックを開催したいのか? それは、日本中の人々が世界中の人々と心を合わせて、オリンピックに集中して、互いにベストを尽くす人々の姿に触れて、ともに喜び、ともに泣く美しい人類愛を発揮して、汚れた情と欲による悪の働きを洗い流すためなのです。

 ユダヤ人の指導者たちとヘロデ王が汚い政治的な争いを繰り返して世の中をどんどん悪くさせていた時、彼らは最高のイベントである過ぎ越しの祭りのハイライトのプログラムに、人々から高い尊敬を受けていたイエス・キリストを十字架上で公開処刑しました。しかしイエス様は十字架につけた人々のために「父よ彼らをお赦し下さい。」と祈られました。
このイエス様の祈りを発火点とする聖霊による伝道は、その後世界の各地において、イエス様を信じる人々によるイベントとして多くの人々の心の中から、欲と情に流された罪の生活を押し流して、神の愛ときよさのすばらしい小グループを生み出してきました。
日本でも1980年のビリーグラハム大会でそれを見て、体験できました。
人が集うとき、神も悪魔も働きます。神の働く機会を育てたいものです。

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9月10日の一言
ある人たちにとっては、死から出て死に至らせるかおりであり、
ある人たちにとっては、いのちから出ていのちに至らせるかおりです。
第2コリント 2章 16節

  さわやかな秋空の下、日米高校野球選抜チームは、9月8日関西空港に帰ってきました。3勝1敗1引き分けと いう結果をお土産に...。
マスコミのアメリカからの話題は、早稲田実業の斉藤祐樹投手と駒大苫小牧の田中将大投手の2人でした。特に最終戦では、先発斉藤投手が5回を3安打1失点8三振奪取に押さえ、6回には鹿児島工の今吉選手が好打で3点を返し、ラストは田中投手が4回を無失点と好投して、最後を飾りました。この選抜チームのさわやかな活躍は、日米の人々を充分に楽しましてくれました。
最近はボクシングで世界チャンピオンになった亀田興穀選手のように、大言壮語して相手を罵り倒して自分の弱さを乗り越える、自己主張型の若者が多く目に付く中で、斉藤投手と田中投手の姿は微笑ましいものでした。
 特に田中投手は、中京商業の吉田投手以来の70年ぶりの甲子園3連覇の立役者として、昨年の優勝投手で、実力日本一の呼び声通りの投手でした。しかしその彼が斉藤投手を立てて、「ユーちゃん」と呼び、また斉藤投手が「マー君」と呼び合う楽しい友情を育てたことは、多くの人々から好感をもって迎えられていることが、嬉しい限りです。
 しかしあの甲子園で、8月20日の決勝戦(1:1)での15回延長引き分けに続く、21日決勝再試合にも、一人で5連投を投げ抜いて優勝を飾った、早稲田実業の斉藤祐樹投手には感服させられました。とくにお尻のポケットにお母さんに持たされたキチンと三つに折り畳まれた薄藍色のハンカチ(ハンドタオル)で顔や首筋の汗を優雅に拭き取る光景には、マスコミも圧倒されたのか、「ハンカチ王子」を名付けた大喝采でした。
その斉藤投手は、今年の春の甲子園には、横浜高校に惨敗を喫して悔しい思いをさせられました。しかし夏までに猛練習を重ねて自分の体力に合ったピッチングを身に付けて、いつも冷静なピッチングで、優雅な美しい心で勝ち進んで日本中のすさんだ心をいやす、素晴らしい香りのようだと感じました。
 イエス様が十字架の上で現された美しい心に触れた指導者たちは、感動に溢れて「ほんとうにこの人は、正しい人であった。」と神を褒め讃えました。
この美しい心「キリストの香り」は、イエス様に従う人々の霊的財産です。

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9月17日の一言
すべての懲らしめは、
そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、
後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。
ヘブル人への手紙 12章 11節

   苦しいことは、誰の人生にも訪れるものです。しかし多くの人々は苦しみから逃げようとして、もっと恐ろしい苦しみである不幸と化しています。苦しみは逃げる人には残酷ですが、苦しみを甘んじて受け入れる人にとっては、人生の良薬となる素晴らしい祝福の源です。
 アメリカ大リーグ、ヤンキースの松井秀樹選手は、センター守備の時、グローブが芝に引っかかったために体重が腕にかかり、腕首の骨を折って手術しました。野球選手にとっては腕首大事なところで、医者も再起には慎重なようで、松井選手の今シーズンの活躍は無理だろうと多くの人々は諦めかけていました。
 ところが松井選手は骨折から4ヵ月後の9月12日、地元のヤンキース球場で見事に復帰して、心配していたファンの前で4打数4安打1四球の54打席連続出塁するという、好成績を引っさげて登場しました。更に心配された3試合目には、外野の3階席に直撃する140メートルにも及ぶホームランを打って大活躍でした。そのため「実際は手首は折れてなく、ただ休んでいただけじゃないのか」と楽しい冗談で迎えられたようでした。1人のファンとして大歓迎です。
 松井選手の回復は、手術直後からリハビリが大きな要因のようです。思いがけない苦しみに直面するとき、苦しみの大きさとともに、苦しみの原因にとらわれて、それが精神的に人を弱くします。しかし彼はいつも自分のこころに「運良く戻れたら、まだプレーするチャンスがある」と言い聞かせて、前向きに行動し続けて、遂にそのすばらしい結果を見せました。
心の中の弱さとの戦いという試練の中で、見えない神への心の叫びがもたらした勝利への生き方を見せてくれました。

 イエス様は「神に似て創造された人間の生き方の見本」として、いつも苦しみに直面されました。しかしその苦しみの意味をよく知って、心の叫びを天の父に祈りとして捧げ、そのうやうやしさによって聴かれました。
十字架上の「聖手にゆだねます」は、苦しみの頂点での祈りです。それは苦しみを利用して働く悪魔に対する勝利の道でした。苦しみは不幸への道ではなく、豊かさと強さに引き上げられる道だからです。

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9月24日の一言
神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。
ローマ人への手紙 11章 33節

   あれほど騒がしく鳴いていた蝉が姿を消すと、赤とんぼが飛び交っています。
自然界は創造主の知恵のすばらしさを、私たちに見せてくれています。その絶妙さは「おすとめす」がバランスよく生まれてくることです。1つではどうかと思われることでも、大きな単位になるとバランスがとれて、子孫が残せるようになっているのは驚きです。
 9月21日(木)午後、秋篠宮ご夫妻に生まれた長男が、皇族の戸籍簿に当たる皇統譜に「悠仁」と云う名前で登録され、両親の名前、誕生の日時と場所などとともに記録されて、宮内庁長官などが署名し、公に皇族の一員となられたと、ニュースとして知らされました。
 皇室では秋篠宮が生まれてから40年もの間、女の子ばかりが生まれ、男の子の誕生を諦めかけていました。と言うのは皇室典範では、天皇は男系の者に限定されていたからです。そのために女系の天皇を認めて、皇室典範の改正を、小泉首相の在任中に行うよう準備が完了していたほどでした。
血統を男系と限定する法律は、日本の天皇家だけですが、聖書では救い主の血筋が「ダビデの男系の子孫」として生まれると預言されています。そのため明治政府が皇室典範を作成した時、万世一系を示している聖書の系図を参考にしたのではないかと云われたほどです。
 人間の能力が神の領域を超えたと誇って、神はいない、と人間は主張しています。しかし神は、神のさばきを受けて人類が絶滅しないよう、神の憐れみの摂理の結果として、男と女が調和して生まれてくるようにされています。今回のことで、天皇家では、文字どおり神の憐れみの摂理によって、救われた思いを抱いたことでしょう。
天皇家の喜びはどれほど大きなものがが判ります。

 イスラエル民族は、自分たちの知恵と知識によって、神が聖書で約束された救い主を拒絶して、十字架につけて殺しました。しかし神の憐れみによる知恵は、イスラエルの民の拒絶によって、全世界に住む異邦人と呼ばれている、罪人たちの救いの機会として与えられました。
 それ故に、どんな人でもイエス様の十字架上の苦しみと死を、私のためと受け入れる人は、神の選びの民に与えられる摂理に生かされます。

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10月1日の一言
弟子たちは、主を見て喜んだ。
ヨハネ福音書 20章 20節

   「共通の喜びを持つ人々の仲間に自分もいる」という事は幸せなことです。
その仲間の幸せというものが、現代の自己主張する社会の中で風前の灯のように消えかかっていることは残念なことです。
 静岡県掛川市の左端の方に位置するヤマハが運営するリゾート施設「つま恋」は、私個人にとっても10回以上宿泊し、仲間と学びをしたり、話し合ったりしてきた、親しみのあるところです。
その「つま恋」で9月23日に、吉田拓郎とかぐや姫による31年ぶりに開かれたコンサートのニュースが、あらゆるメディアで最大級の紹介が幾度も繰り返されました。何より驚いたのは、3万5千枚のチケットが発売後1週間で売り切れたことです。しかも1万5千円もの高額で。その上、掛川駅からリゾート施設までの1時間近くの道のりを歩いて参加した人々が半数もいたそうです。
 何が中高年の大人たちを、そんなに熱心な思いに駆り立てたのでしょうか。
先ず、31年前の「つま恋コンサート」の感激が忘れられなかったことは当然です。だから、その再現の時には何としても参加したかったでしょう。そして何よりも今の時代から見捨てられようとしている中高年の人々の内にある情熱を、もう一度、燃やして発散してみたかったことでしょう。そして見事その願いが叶えられた参加者は一同、大喜びで新しい力を抱いて、これからの人生の大切な第一歩を踏み出す為にそれぞれ満足して帰途に着きました。
 私自身、1980年、共通の喜びを持つ仲間と日本の各地で60万人以上の人々と共に、ビリーグラハム大会を開催して、神の恵みという喜びのエネルギーを受けた一人です。
 イエス様が十字架上で殺された時、イエス様の弟子たちの心は暗く、社会も自分たちが必要とされないことを感じていました。
しかし、3日目に復活したイエス様はその弟子たちに出会って下さいました。彼らはイエス様が自分のことをそんなに大事に思って下さった事実を知りました。
弟子たちは喜びを共有する仲間と一緒になって祈り始めました。イエス様も約束された聖霊を弟子たちの心に注がれ、新しい力に満たされ、世界が変えられていきました。
 イエス様によって救われ続ける喜びを共有する仲間、それが教会に集まる人々です。だからこそ聖霊は、仲間を助けて証し人として用います。

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10月8日の一言
神は仰せられた。
「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。」。
出エジプト記 3章 12節

   神は人々の目の届かないところで人を育て「神のみこころを示し」危機的な時が来ると、その人を世の中に送り出されます。
 10月に入って、世界中のメデアは12月に任期が終わる「アナン国連事務総長」の後任に誰が選ばれるかと、関心を高めて来ました。10月2日、国連は事務総長選出の予備投票を行い、常任理事国15カ国のうち、14カ国が韓国の「旛基文外交通商相」を支持しました。
それは「終わりの時代の終わりの時」と聖書がつげている現代の世界情勢を動かす立場に、敬虔なクリスチャンである「旛基文」という人が、韓国の外交の責任者という立場を超えて国連総会で選ばれたことに「神の摂理」を感じさせられるからです。
旛基文外交通商相は、高校生の時、英語コンテストに優勝してアメリカの大統領に招かれてホワイトハウスを訪問したそうです。その後韓国のソウル大学を卒業して念願の外交官となりました。その途中でアメリカの敬虔なクリスチャンの学ぶハーバード大学に学び、博士の学位を受けました。
 韓国の方の名前の一文字には、親の特別な気持ちを込められて付けられるそうです。「旛基文」の「基」という文字は「基督」の「基」を付けたものです。その
ことはアメリカの政府関係者もよく知っていて、大変喜んだそうです。人柄もすばらしく、どんな状況の中でも決して感情に流されることなく、祈り心をもって、冷静な判断のもとで穏やかに物事を処理する、最高の人格者として絶賛されているそうです。
それは両親が聖書にしたがって信仰をもって十字架を背負う人だけが、主に支えられる喜びを教え、本人もイエス様が喜ばれる道を選んで歩き、社会に認められることを知ったからでした。
 このような神に育てられた「旛基文」という人物が、終末の世界の舵取りする、5年、再任されて10年の間の世界の動きのために、祈りが必要です。

モーセが挫折の人生の中から選ばれた時、イスラエル民族絶滅は危機を迎えていた時でした。イエス様が人として世界にお出でになった時も、神の民は異教徒ヘロデによって支配され、パウロが選ばれた時、教会絶滅の危機の中で、30年後ローマ帝国によってイスラエル民族は全滅しました。
しかし歴史を支配する主イエス様は、神の栄光のために人を育てて用いるお方です。個人的な小さな世界でも同様です。
あなたも神は育てて用いられます。

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10月15日の一言
忍耐が練られた品性を生み出し、
練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
ローマ人への手紙 5章 4節

   暗い世の中になると、人々は夢を追い求め、明るく楽しい生活を探します。しかし苦しみを乗り越えない限り、夢は夢で消え去ります。しかし苦しみを乗り越える時、夢は実現可能な希望となります。
 プロ野球も、中日ドラゴンズがセリーグで、また日本ハムがパリーグで優勝し
て、日本シリーズの覇権を目指し、話が盛り上がってきました。
それに加えてもう一つ、松阪大輔投手がアメリカ大リーグへの移籍希望がかない、西武球団が大リーグからの松阪投手の入札を公告することが決定したと、ニュースは伝えています。
 松阪大輔投手は、野球関係者の間で「松阪世代」ということばが拡がっているほど、象徴的な選手です。いつも同じ世代の人々の先頭を走って見本となるような成績を残す実績ある人です。その松阪投手が、これから大変な苦労が待っていると思われる大リーグに移ろうとする訳ですから、人々がその行く先に注目するのは当然です。
それは、松阪投手ぐらいの速い球、重い球を投げる投手は大リーグでは珍しくないからです。佐々木投手のフォーク、野茂投手のフォークのような、特別な大リーグに通用する武器が見あたらないので、日本で時々めった打ちされるようなことが、アメリカで起こるのではないかと心配されています。
 しかし松阪投手は、いつも同世代の先頭に立って、いろいろな苦しみを乗り越えてきたと云う実績があります。だからこそ夢を実現させる希望が心の中に拡がって、大リーグに飛び出して行けるのです。

イエス様は最後の晩餐の後で弟子たちに最後の教えを語ってこう言われました。
「あなた方はこの世にあっては艱難がある。しかし勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)。
弟子たちはイエス様の苦しみを身近に見つめました。
しかしその苦しみは弟子たちのための苦しみであることを知らされた時、自らの苦しみの中でイエス様のみことばを心にしっかりと植え付けました。 すると聖霊が働き、弱い自分の霊が強められて、神の力に支えられる自分を発見し、神が働かれるすばらしい人生を体験することができました。
 「イエス様の証し人」それは苦悩の中でイエス様の十字架の力を体験させる「福音」のすばらしい力が希望に変えることを知る人です。

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10月22日の一言
神は唯一です。
また、神と人との間の仲介者も唯一であって、
それは人としてのキリスト・イエスです。
テモテ第1の手紙 2章 5節

   日本の社会は医療保険が国民全員に進められています。人々のため、医師は病気の苦しみ死の苦しみのために一生懸命です。
しかし病気をいやし、死のときをお定めになる御方は神です。神は、医師の懸命な働きに応えて病の苦しみを和らげ、死のときさえも延ばして下さっています。医師は神ではく、神と病人との間に立つ「仲介者」であるからです。