預言者イザヤは前の章で、神様がイスラエルの不信仰のゆえにアッシリアを用いて裁かれたが、あまりに残酷でしかも自分の力のみを誇るアッシリアを最後の場面で退けられ、倒されることを預言しました。
本章ではさらに鮮やかな選民イスラエルの回復の預言が述べられています。
1.エッサイの株
前章で、アッシリアは森の茂み、レバノンの大木にたとえられていますが、本章でイスラエルは切り倒されてわずかに残った切り株にたとえられています。
しかし、繁栄を誇り強さを誇る森であり大木のようなアッシリアが完膚なきまでに滅ぼされ、滅ぼされて何も無くなったかと思える切り株から新芽が出て成長して、やがて実を結ぶことを預言しています。
これは、歴史的なイスラエルの滅びと回復の、現実に起こって記録として残る出来事であり、信仰的回復の歴史でもあります。
2.主を畏れ敬う霊
先に、切り株から芽が出て成長するイスラエルの姿、また信仰的な祝福回復の姿があるといいましたが、この切り株から出た芽はエッサイ(ダビデの父)の家系から出現されることになっている救い主のことも預言しています。
すなわち、この切り株は神の独り子イエス・キリストのことを指しています。このお方こそ神の御子でありながら、父なる神の霊に従って歩まれ、あくまでも僕となってくださったお方です。 御子イエスがそうであれば、わたしたちはなおさら、神を畏れ敬いつつ生活するべきです。
3.栄光に輝く国
この6節からの表現は、エデンの園で人が罪のために失ったものの回復を指しています。主を畏れ敬う霊に満たされた者は、このような表現の許される平安と祝福をいただくことが出来ます。さらにこの表現は、黙示録21,22章に実現してくださる新天新地も指しています。
わたしたちは、この世における霊的祝福をいただき、永遠のみ国に入れていただける望みを抱きつつ歩ませていただきましょう。
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