本日は2006年度、神様が導いてくださり祝福してくださったことへの感謝を捧げるべき総会があります。祈りと喜びをもって、神様に導いていただきましょう。
さて、本日のテキストはモアブという国の裁きについて書かれています。
1.モアブの罪
「一夜のうちに」との繰り返しから、モアブの裁きが突然望むことが強調されています。モアブはアブラハムの甥ロトの子孫に当たる民族ですが、イスラエルとはたびたび対立を繰り返していました(民数記22〜24章、士師記3:12〜30)。
また、ある時はモアブの娘たちの誘惑にあったイスラエルの人々が、偶像バアルを礼拝したことで、2万4千人が裁きにあったこともありました(民数記25章)。モアブの最大の罪は偶像礼拝でした。わたしたちも神様よりも大切なものを偶像としていないか点検しましょう。
2.裁きは突然にくる
そのようなモアブが、全能者であり、一切の主権者である神によって、突然裁かれることになりました。嘆き、叫び、悲鳴といった言葉が繰り返し使われています。
この主権者である神様の、この世の裁きも突然行なわれることが示されています(1テサロニケ5:1〜11)、人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然破滅が襲うのです。イエスはマタイ24章を通しても再臨に伴う審判を預言しておられます。
3.信仰の備え
わたしたちもイエス・キリストを心から信じる者として、再臨の間近いことを覚え、信仰の備えをさせていただくことが大切です。「信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶり、身を慎んでいましょう」(1テサロニケ5:8)と語られ、また「主はわたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。
ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励ましあい、お互いの向上に心がけなさい。」(1テサロニケ5:10,11)とも言われています。
罪を犯し続けていたモアブが突然の裁きに慌てふためいたように、わたしたちも慌てふためかないで、いつでも「アーメン、主イエスよ、来て下さい」(黙示録22:20)と、神の主権によるキリストのご再臨を待望する者にしていただきましょう。
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