コロサイ教会は、迫害、困難の中にありながら、福音が勢いをもって、実を結び、広がり続けていました。
1.主イエスへの信仰と愛 (ピレモン5節)
信仰は、積極的な行為で、受身ではありません。みことばの通りに神様がなされることを期待して、神様に任せ神様とともに進むことです。
愛の特質の一つに、相手を優先することがあげられます。イエス様は、私たちへの愛のゆえに、私たちのことを優先し、ご自身を十字架のうえに犠牲にされました。
自分のすばらしさを示す、自分が認められる、自分が益を受けるためではなく、何をするにもイエス様の栄光が表されることを願う、そのような質の、イエス様への信仰と愛に、コロサイ教会の人々は具体的に生きていたのです。
2.交わりのうちに生きて働く信仰 (ピレモン6節)
イエス様への信仰と愛は、自分一人とイエス様との間だけにとどまりません。それは、特に、同じイエス様を信じ愛する人々の間、キリストの体である教会の中で表されます。このような信仰があってこそ、迫害の中でも保たれるのです。
互いの交わりのうちに生きて働く信仰と愛とは、イエス様への信仰を土台とした互いの関わり合い、互いの信仰が成長する関わり合い、互いの信仰が生きたものとなる関わり合い、イエス様への愛を互いに実践する関わり合いを持つことです。
3.福音を本当に理解したとき以来
映画「パッション」を観たときに、改めて、イエス様の経験された苦難の凄まじさを知り、イエス様の私たちを愛する情熱がどれほどのものかと思いました。福音は、イエス様があそこまでして私たちに与えてくださった唯一の救いの道です。その事の重大さ、支払われた犠牲の大きさ、そこに表されている恵みの深さ、それらを単に情報として理解しただけでなく本当に理解し、さらに、福音に生かされる人々、教会を通して、福音は、広がり続けます。
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