礼拝説教宣教要旨 2007年12月度
12月 2日  「神の熱意」
9日  「平和の道に導く人」
16日  「共におられる神」
23日  「世界の喜び」
30日  「先頭に立つ者」
 
礼拝説教宣教要旨 2007年12月2日 教会礼拝
  題  : 「神の熱意」  宣教: 福田 勝敏 牧師
 聖書 : イザヤ書 9章1節〜6節

   今日から教会暦で「アドベント」と呼ばれる期間に入ります。アドベントは11月30日に一番近い日曜日から始まり、12月24日までになります。直接的な意味は「出現」「来臨」です。
イザヤという預言者は、紀元前750年以前の人ですが、彼の時代は暗黒の時代といわれるような時代でした。しかし、彼は神からの幻によって神からの救いの光を見ていました。彼の時代は、8:18〜22にあるような状況でした。しかし8章の最後の部分から9章にかけてイザヤは俄然神による信頼から来る希望に輝くメッセージを語っています。

1.大いなる光を見た
 イザヤは暗黒の中で一条の光である神の約束を見出しました。実際は暗黒の中にありながら、まるで現実に光の中に入れられたかのような表現です。
 「闇の中を歩む民は、大いなる光を見」は、罪から解放されることです。神からの救いの原点は神の光の中に自らをさらけ出し、清い火によって焼き尽くし、清めていただくことです。

2.神の御子の出現
 これこそ喜びの根拠です。このお方の出現はわたしたちのためです。「その名」すなわちこのみどりごの属性である「驚くべき指導者」「力ある神」「永遠の父」「平和の君」は、そのまま神が持っておられるご性質です。
 わたしたちは、このお方の出現されたクリスマスをお祝いすると共に、再臨の主を待ち望むアドベントでもありたいものです。

3.絶えない平和
 わたしたち人間の世界に争いが絶えないのは何故でしょう。現代が神抜きの世界だからです。人と人との間に神が来てくださればそこには平和が訪れます。家庭の中に神が来てくだされば平和が来ます。
もっと身近な、あなたの心に平和が無いなら、あなたの心から神を締め出しているのです。神は熱意をもってこの平和を与えようとして、御子イエス・キリストをこの世に送ってくださいました。それが、クリスマスをもって実現したのです。 
 

* 当教会の礼拝は、新共同訳聖書、讃美歌21を使用しています。
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礼拝説教宣教要旨 2007年12月9日 教会礼拝
  題  : 「平和の道に導く人」  宣教: 福田 勝敏 牧師
 聖書 : ルカによる福音書 1章67節〜80節

   本日の箇所は、クリスマスが近づくとよく開かれる箇所です。ルカによる福音書1章には、ヨハネの誕生の預言と誕生、イエス様の誕生の預言が記され、さらに三つの賛歌と呼ばれる三人の賛歌が記されています。
一つはエリサベトの賛歌、有名なマグニフィカト(Magnificat)「主われになせり」と呼ばれるマリヤの賛歌、そして今日のテキストでもあるザカリヤの賛歌です 。

1.神のあわれみ
 ヨハネの父ザカリヤはこの賛歌を「ほめたたえよ」ラテン語でベネディクトゥスという言葉から始めています。何故「ほめたたえよ」と叫んだのでしょう。それは、神がわたしたちをあわれみ、旧約聖書の預言どおり、イスラエルをあわれみ解放してくださったというイスラエルの歴史、出エジプトの歴史を振り返っているのです。

2.角を起こされた
 角は力の象徴です。「救いの角」は「力ある救い」の意味があります。つまり神様はイスラエルに対して救いの業を行ってくださることを教えています。
 クリスマスはこの「救いの角」すなわち「力ある救い」であるイエス・キリストがお生まれになった日です。
 わたしたちがここだけではなく聖書全体を注意深く読んでいくと、神様がいかに古くから人類をあわれみ、滅びから救おうとしてくださったかを知ることが出来ます。

3.いと高き方の預言者
 バプテスマのヨハネの役割は、道を整えることだと言われます。確かに成人したヨハネは人々の罪を指摘し、神の救いを求めるように「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイ3:2)と叫び続けたのです。
わたしたちは、神様に愛され、キリストの十字架によって救われた者です。ヨハネのように心から「神をほめたたえ」「力強い救い主を信じ」「キリストを人々に伝える」お互いでありましょう。バプテスマのヨハネは、最後まで人々の目をイエス様に向けさせたのですが、わたしたちも究極の救いである罪からの許しを人々に伝える者でありましょう。 
 

* 当教会の礼拝は、新共同訳聖書、讃美歌21を使用しています。
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礼拝説教宣教要旨 2007年12月16日 教会礼拝
  題  : 「共におられる神」  宣教: 福田 勝敏 牧師
 聖書 : マタイによる福音書 1章18節〜25節

   今年もアドベント第3週を迎えました。各地でクリスマス・コンサートや祝会が行われています。先週も神戸文化ホールでクリスマス・フェスティバルが開催され、多くの方々が出席くださいました。
さて、神戸中央教会のクリスマス礼拝は来週です。礼拝の中で、二人の方が洗礼を受けられます。感謝と祈りをもって恵まれたクリスマス礼拝を待ち望みましょう。

1.正しい人ヨセフ
 ヨセフは婚約者マリアが一緒になる前に妊娠したことを知りました。しかも、その子は神の聖霊によってみごもった子であり神の子どもであると言うのです。
 ヨセフには到底信じられないことでした。当然のように「縁を切ろう。婚約を破棄しよう。」と思っていました。

2.夢に現れた天使
 ヨセフが思い悩んでいる時、神のもとから天使が遣わされて「恐れず妻マリアを迎え入れなさい。」と語られました。 そして、「その子をイエスと名付けなさい。」とも言われました。この「イエス」とは、旧約聖書のヨシュアと同じ意味で、「ヤハウェは救い」つまり「神は救い」という意味の名前でした。さらに天使は、このことはイザヤ書7:14に預言されたことの成就だと言うのです。
 ヨセフは、よくこの預言を知っていたのでしょう。素直に信じ、天使の言うとおりにしました。

3.神は我々と共におられる
 イエス・キリストの誕生は、天地を創られた神様がわたしたちと共に住むために来て下さった喜びの日であるということです。
つまりクリスマスは、人間が作りだしたり、考え出したりした神様ではなく、わたしたちを創り、わたしたちを愛し、罪のために滅びに向かうわたしたちを救うために唯一真の神様が、イエス・キリストを遣わしてくださった日、それがクリスマスです。
このお方は今も信じる者と、常に共にいてくださるお方です。 
 

* 当教会の礼拝は、新共同訳聖書、讃美歌21を使用しています。
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礼拝説教宣教要旨 2007年12月23日 教会礼拝
  題  : 「世界の喜び」  宣教: 福田 勝敏 牧師
 聖書 : ルカによる福音書 2章8節〜21節

   ルカが、皇帝アウグストゥス(前31〜後14年在位のオクタヴィアヌス)が命じた人口調査であったと明記していることからも、キリストの誕生が歴史上の真実であったことが明らかにされています。
この沈着冷静なルカが、羊飼いたちの記事を詳細に書いているのは興味深いことです。

1.天使のメッセージを聞いた羊飼い
 羊飼いという当時の貧しい立場を代表するような人たちに、この重大なニュースを知らされました。王様でもなければ、学者でもなく、また宗教的な指導者でもありませんでした。しかも、このメッセージはベツレヘムという小さな町に起こった出来事ではありましたが、なんと、民全体、すなわち全世界の人々への喜びのメッセージ、グッドニュースだったのです。

2.急いで行った羊飼い
 羊飼いたちは疑いませんでした。全世界に与えられた喜びのメッセージをその目で確かめるためにベツレヘムに急ぎました。
 わたしたちも、神様から大切なメッセージが伝えられたなら素直に速やかに従いたいものです。
今日はじめてこの教会に来てくださった方、久しぶりに来てくださった方、羊飼いに語られた言葉をもう一度確かめてください「あなたがたのために救い主がお生まれになった」とあります。この救い主は、あなたの救い主でありあなたのためにこのクリスマスは存在するのです。

3.人々に知らせた羊飼い
 羊飼いは、自分たちが見聞きしたこと全てが事実であったことを知って、すぐに自分たちに語られたことを人々に知らせました。恐らく、この行動がルカの福音書に記される基になったと思われます。

 わたしたちも、この神様のご愛によって救われたとしたら、その喜びを人々に伝えたいものです。
そこに神様をほめたたえる讃美が生まれてきます。つまり、神様からの真実な証しはその人を通して神様がほめたたえられるのです。 
 

* 当教会の礼拝は、新共同訳聖書、讃美歌21を使用しています。
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礼拝説教宣教要旨 2007年12月30日 教会礼拝
  題  : 「先頭に立つ者」  宣教: 福田 勝敏 牧師
 聖書 : ヨシュア記 4章1節〜18節

   神が立てられた大指導者モーセによって出エジプトを果たしたイスラエルの人々は、40年間荒野をさ迷いましたが、ついに約束の地カナンを目の前にするヨルダン川に到着したのです。ところが神はモーセをネボ山(ピスガ)で天に召されました。その後を引き継いだのは、生前のモーセと常に行動を共にしていたヨシュアです。

1.目前の困難
 長い、長い荒野の旅路もようやく終ろうとする場所まで来たイスラエルの人々でしたが、そこにも困難は横たわっていたのです。しかし、困難と見えた濁流も、契約の箱が先頭を切って流れに入った時、見事に水はせき止められ、民は無事に約束の地に入ることが出来たのです。
わたしたちも、常に神の約束であり保証であるイエス・キリストを目当てに踏み出す勇気を与えられましょう。

2.記念の石
 民が渡り終わった川底から、イスラエル12部族に倣って12の石を拾い、祭司が立っていた川の真ん中に積み、渡りきって先の、野営をする場所にも記念として12の石を立てました。川の中に立てられた石は、神がイスラエルを荒野の旅路を導いてくださった神に背き続けた不信仰と罪の生涯の死と埋葬を意味しています。野営場に立てられた石は、力と勝利の復活の新生活を意味します。
わたしたちは、感謝を忘れやすいお互いですが、示される罪や汚れを悔い改め、神が良くして下さったことを心の中に覚え、記念碑を建て、新年に向かいましょう。

3.先頭に立つ者
 民が渡り終わると、契約の箱が川から上がり民の先頭に立ちます。この契約の箱は主イエスを表しています。イエス様が神の怒りのただ中のこの世に下りてくださり、わたしたちをゆるし、再びよみがえって命を与え、さらに先立ってくださるのです。
 神に救われ、新しい命を与えられたわたしたちは「わたしは道である」(ヨハネ14:6)と言われるお方に従い、このお方の示してくださる道を歩むのです。
濁流のヨルダン川に入るときに先頭を進んで下さり、川を渡る時は川の真ん中にいて見守ってくださり、川から上がって、新しい道を進もうとするときには再び先頭を歩んでくださるお方様を見上げつつ進んで行きましょう。 
 

* 当教会の礼拝は、新共同訳聖書、讃美歌21を使用しています。
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