信仰何でもQ&A 質問No.008
「福音の光」2000年9月号掲載
  質問世に打ち勝つとはどうゆうことなのか、具体的に教えて欲しいのですが。  

回答 「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハネ16章33節)」とイエス様は、語られましたが、世に勝つとはどうゆうことなのでしょうか。
パウロは、クリスチャン生活の中で、患難、苦しみ、迫害、危険、死の危険さえも経験しましたが、圧倒的な勝利者であることを宣言しています(ローマ8章37節)。
 ここでまず、覚えておかなければならないことは、「イエス様の十字架は、自分の罪のためであった。」と受け入れ、信じた者は神の子供とされるのです(ヨハネ1章12節)が、その時からこの世の標準と違った標準、神様を中心とした生活を送るようになります。そしてここから戦いが始まるのです。
聖書が、「世」と言う言葉を使う時、地球、人間の住んでいる世界、社会という意味に使うこともありますが、イエス様がここで使われている意味は、神に敵対するもの、悪魔の支配下にあるもの、人を滅びに至らせるもの、罪、欲、悪、としての意味です(エペソ6章12節、ルカ11章18節など)。だからこそ、クリスチャンには戦いがあるのです。
 イエス様が3つの点で悪魔から試練を受けられたように(マタイ4章1〜11節)、クリスチャンになった人も、以下のような3つの領域で戦いを経験します。
 1.人にとって1番必要なのは、
   食べる事、生きる事であると言う考え方。
 2.人を幸福にさせるものは、
   経済的繁栄と安定、事業の成功、出世、
   つまり物質的繁栄であるという考え方。
 3.信仰は御利益がなければならないという考え方。
色々な宗教は、この世に属しているものなので現世的物質的祝福を約束します(ヨハネ第1.4章5節)。
 この世の神、悪魔は、それらの物こそ1番大切だと、神様を信じていない人達に信じ込ませるのです(コリント第2.4章4節)。
どれだけ多くの人がこの悪魔の考え方を信じていることでしょうか。また、クリスチャンはこの世に倣うように、どれほど強い誘惑を受けていることでしょう(ローマ12節1〜2節)
 もう一つの戦いは、罪との戦いです。
社会の中の罪に対して、また自分の心の中の罪に対して敏感になります(ローマ7章15〜20節)。私達は地の塩、世の光となるように(マタイ5章13〜16節)と、勧められています。
 また死への恐怖が、人を奴隷としています。イエス様はご自分の復活によって、この死に対しても勝利を得られました(コリント第1.15章55〜57節)。
 勝利の秘訣は、罪と悪魔と死に勝利したイエス・キリストを信じる信仰にあります(ヨハネ第1.5章5節)。神様を信じ続け、神様の言葉によって生きることを宣言して行くことなのです(マタイ4章4節)。
イエス様は、信じる者と一緒にいると約束して下さいました(マタイ28章20節)。
御言葉をよく学び、聖霊に満たされ続け、神様に自らを献げ明渡しつつ、従っていく時、勝利の生活が始まって行くのです(ガラテヤ5章16〜18節)。
 
 

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