信仰何でもQ&A 質問No.009
「福音の光」2000年10月号掲載
主人が急死して、空しいのです。
死について、どう考えればよいのでしょうか。
夫と妻の関係とは、この地上において持つことが出来るすべての人間関係の中で、一番親密な関係です。愛するご主人が亡くなったこと、しかも突然の死で、悲しみは想像を超えるものだと察します。
病気だったのでしょうか、それとも、事故死?。どちらにしても、ご主人の死が、言いようのない空しさを、今、あなたにもたらしているのでしょうね。「何故!?」という疑問と、「もしも・・・だったら」という思いから、しばらくは離れる事が出来ないかもしれませんね。
とにかく、自分の感情を偽る事なく、悲しむ期間を持つことが大切です。しかし、その後、その悲しみをどうのように生きる力へと向けて行くかが問題です。
イエス様は「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11章28節)」と語りかけています。
イエス様はあなたに、希望と新しく生きる力を与えることの出来るお方です。
死についてどう考える考えればよいのでしょうか。ということですが、これは非常に大切な質問だと思います。何故なら、死はやがて誰にでもやってくる、逃れることの出来ない時日だからです。
現代は、余りににもこの死について触れないで生きて来ているように思います。最近の青少年の殺人事件なども、死というものを少しでも考えたり、経験していれば違った結果が出ていたかも知れません。
死は、終わりではありません。イエス・キリストは死なれ、埋葬され、復活されました。5000人の人が復活されたキリストと出会いました(第1コリント15章6節)。
キリストの復活こそ、歴史の中で一番実証されている事実であり、死後の命を証明しているものです。
多くの人が死を恐れています。何故でしょうか。罪の問題が、解決されていないからです。
私達は、昔、神の前に罪を犯し、その報酬として永遠の死を受ける者となっています(ローマ6章23節)。
人は1度死に、審判を受けるように定められています(ヘブル9章27節)。
神様は、私達を愛し、イエス・キリストを送って下さり、私達が受けるべき審判を、身代わりとなって受けるようにされました。キリストを信じ、受け入れる時、私達の罪が赦され、永遠の命が与えられ、天国行きが確実になります(ローマ6章23節、ヨハネ3章16節)。
イエス・キリストは、よみがえりであり、命です(ヨハネ11章25節)。彼を信じる者は死んでも生きるのです。
それで、あなたの一生の中で一番大切な決心は、キリストについてするものです。キリストに信頼する時、死はもはや恐れるべきものではなく、キリストと共に天国にいるという喜びになるのです(ルカ23章43節、ピリピ1章23節)。
死も、現在も未来も、神の愛から私達を引き離すことは出来ないのです(ローマ8章38〜39節)。
あなたもこの素晴らしい救いを、自分のものとして下さい。
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