信仰何でもQ&A 質問No.011
「福音の光」2000年12月号掲載
神様を信じなくても、仕事もうまくやっている人もいます。このことをどう考えれば良いのでしょうか。
あるフランスの哲学者が言いました。「人々は安全と幸福を気違いのように求めている」と。
ある億万長者は、お金こそ幸福を買えるものだと思っていましたが、全てを手に入れた後、その考え方が全く間違っていた、ともらしたそうです。
有名な映画女優が崩れるように語りました。「私はお金、美、魅力的な仕事、高い人気と全てが揃っていて世界中で一番幸せな女性である筈なのに、本当は惨めなのです。」と。
日本は以前と比べて、本当に豊かな国となっていますが、自殺する人は年間3万人を越えるまでになりました。
これらの人達の声は、何を語っているのでしょうか。人の幸せは、外側の豊かさを見ているだけでは、絶対分からないということです。
神様を信じないで仕事がうまくやれていても、それでいいと言うことではないのです。
神様が問いかけられる質問とは「あなたは自分の求めているものを、本当に自分のものとしていますか?自分の人生に本当に、満足をしていますか?」なのです。
人は知識を増して行けばいく程、知恵を欠く者となり、経済安定を得ていく程に、より退屈になり不安定となります。楽しみを追求していく中に、人生に飽き足りなくなり、満足しないのです。
そのような中、自分の楽しみや力の誇示、富の追求のために、人を騙し嘘をつき、人を殺し、遂には戦争にまで至るのです (ヤコブ4章1〜2節)。
私達が幸福にしてくれると考えている物の殆どが、はかないつかのまの物、表面的な物なのです。環境、状況が変わると、朝霧が太陽の熱によって消え去るように、これらの物の上に成り立っていた幸福も消え去って行くのです。
どんな状況にあっても変わる事のない、内側で支えてくれる喜び平安というものがあるのです。絶望のどん底の中にいても、厳しい逆境の中にあっても、取り去る事の出来ない心を満たす幸せというものがあるのです。この幸せとは、神様のみが与えて下さるものなのです(ヨハネ14章27節)。
イエス様は、「私が来たのは、人がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。(ヨハネ10章10節)」、また、あなたがたの喜びが満たされるためです。(ヨハネ15章11節)」と語られました。
イエス様が与えて下さる幸福とは、成功とか失敗によって乱されないものであり、表面上の問題がどのようであっても心の奥深い所にあって、安らぎとくつろぎを与えるものなのです。
毎日問題なく過ごしているその方に、本当の幸せがある事を知らせてあげて下さい。何事にも揺るがない平安、目的を持って生きる人生を見い出されることを祈っています。
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