信仰何でもQ&A 質問No.014
「福音の光」2001年3月号掲載
多くの人が呪いや崇りなどによって苦しんでいます。
どの様に対応すれば良いのでしょうか。
呪いや崇りといった類の問題で、まず知っておかなくてはならない事は、呪いとか崇りといったものが本当にあるのではなく、この暗闇の世界の支配者である悪魔、悪霊たちがそれらのものを操っているという事実です(エペソ6章12節)。悪魔は、私達一人一人の人間が、恐怖に縛られ神様から外れる様に仕向けているのです。
良く言われる言葉に、死者、亡者が草葉の陰から見守る、というものがあります。
これは、死者・亡者が死後もこの世に住み続け、生前ゆかりの人、家、地から離れないという思想から来ています。
柳田国男氏は「先祖の話」で、「日本人の死後の観念、霊は永久にこの国土の内にとどまる、という信仰は、今日まで、かなり根強く持ち続けられている」と語っています。
亡くなった霊は崇りを及ぼす危険な霊と見なされ、50年かけて、ようやく霊体・祖霊に融けこんでカミとなると考えられています。
死者が次の生を受けない期間を中陰、中有と言いますが、長くても49日間とされ、この期間中に仏事を盛んに行い、供養回向すると死者の功徳となり、冥福を得てより良い次の生を受ける事が出来ると教えられています。
それで法事、年忌法要、追善供養といった仏事がもたれる訳です。
死んだらすぐホトケになると言われていながら死人が輪廻し続け、ホトケでない様に取り扱っているのは、大きな矛盾です。
この様な仏事の習慣の背後にあるものは、迷信、また呪い崇りを恐れてやっているという面が多々あるのではないでしょうか。
聖書は死者の霊魂は死の瞬間に肉体を離れ、即時この世を去る事、イエス・キリストを信じている者は即座に栄化されて天国に行き、信じない者は地獄に直通すると語っています。(ヨハネ3章16節)。
十字架の上の犯罪人の一人に、彼の死と同時に、イエス様と共に天国に移されていることをイエス様は、約束されました。(ルカ23章42〜43節)
つまり、上の中陰的な思想は聖書には全く無いのです。イエス様は、十字架の上で全てを「完了して」下さったのです。(ヨハネ19章30節)
このイエス様を信じ受け入れる者は、このお方がいつも、一緒にいて下さるので何一つ、どんな時でも、どんな人をも、呪いも崇りも恐れることはないのです。
イエス様を通して、あなたも、神様があなたの味方となって下さるという幸いと喜びを知る様になって下さい。
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