信仰何でもQ&A 質問No.015
「福音の光」2001年4月号掲載 
  質問
“プロテスタント”と“カトリック”の違いを教えて下さい。
 

回答 案外多くの方が、このような質問をされます。同じキリスト教の中でどこかが違うのでしょうか。
同じ事を信じているという点もあるのですが、例ば、処女降誕とか、梶本的な違いが二つの宗教の間にあります。ただ単なるプロテスタントとカトリック、新教と旧教という言葉だけの違いではないのです。ここでは、3つの点からこの違いを考えます。
 第一は、教会についてです。
ローマカトリック教会では、教会自体が、救いを仲介するものと考えられています。キリストは12弟子の中のペテロに、教会を建てる権威を与えられ、ペテロの後継者のローマ教皇が唯一の権威を受け経いで来ていると考えられています。
ローマ法王が最高権成者、信仰については全ての誤りから免れ守られている者、不謬性、彼への忠誠は救いの絶対条件、等のカトリックの考え方は聖書にはありません。
カトリック教会の聖職者のみが祭司の権威を持ち、神の恵みを与え、罪を許す権威を授けられているという理解も聖書に反する教えです。
 第二に、カトリックは聖礼典の宗教です。
これは、秘跡と呼ばれ、洗礼、堅信、聖体、婚姻等合わせて7つあります。
最近は信仰との関係を強調するようになってはいますが、基本的には、秘跡がキリストの臨在と働きを仲介するものなのです。ミサは秘跡の中心です。
聖体のパンとワインがキリストの肉と血に全質変化し、受ける者に罪の赦しを与えるのです。しかし、聖礼典は、単なる象徴であり、実質を伴っておらず、罪の赦しを与えるものでもないという理解を聖書は示しています。
 第三に、聖母マリヤ崇拝があります。
マリヤについては、神の御子を宿す者となっただけではなく、御子が母の胎内に宿ったその瞬間から、原罪を免れていたとする無原罪の御宿りや、聖母被昇天、つまり、マリヤは死ななかった、という事柄などが提唱されています。
しかし、マリヤは罪人であり自らも救い主を待ち望んでいた人でした。ですから、マリヤは私達の救いを仲介する方ではないのです。
 カトリックとプロテスタントとの大きな違いとは、人の救いは、イエス・キリストの十字架の死を、自分の罪の身代わりであった事を信じ受け入れることによってのみ、あるということです。
ローマ法王とか、カトリック教会とか、礼典でもマリヤでもないのです。信仰のみが救いに必要なものなのです。
これが二つを分けるものなのです。
キリストの十字架は、今日もあなたの前に提供されています。
あなたも彼の身代わりの死をただ、信じ受け入れることによって、救われるのです。
 
 

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