信仰何でもQ&A 質問No.016
「福音の光」2001年5月号掲載
私は、熱心なエホバの証人の方が、優しくキリストの事や神の事を色々教えて下さり、返ってどちらが正しいのか分かりにくく因っている所です。
エホバの証人との違いを教えて下さい。
熱心に家庭訪問している「エホバの証人」の人に声をかけられた方は多いと思います。
彼らは聖書を持ち、クリスチャンと名乗っていますが、イエス様を神様として認めていません。
「輸血拒否」の間題や、柔道や武道を「争い」と教え、体育の授業をボイコットし、誕生日は人間を賛美することだと言って、クリスマスさえも拒否しています。
このような信仰は「本当のキリスト教」ではなく「異端」の信仰だと言えます。紙面の都合で十分には説明できませんが、彼らの誤りについてお話したいと思います。
私は「エホバの証人」の人たちと話をして、彼らが誤った聖書の教えを洗脳された人たちだと思っています。彼らは自分の教えられた事は絶対だと盲信して、他の意見に耳を貸しません。
自分たちの「新世界訳[聖書]」が絶対に正しいと信じています。現在、私たちが使っている口語訳、新改訳などの聖書を誤った訳だと批判しています。
彼らの聖書は「古代ヘブライ語、アラム語、ギリシャ語・本文と照合しつつ、英文新世界訳聖書からなされた翻訳」と原典から忠実に訳されたように見せかけていますので、素晴らしい聖書の訳のように錯覚してしまいます。
しかし本当は、原語から直接に翻訳しないで、英語からの孫訳を正しいと主張しているのもおかしな話です。
彼らは自分たちが聖書信仰に立っているように言っていますが、サムエルのように「しもべは聞きます。主よ、お話し下さい」と、神様から聞こうとする謙虚な姿勢がありません。米国本部の解釈だけが絶対正しいと言われ、自分たちが聖書から直接悟る事はゆるされていません。
本部の言っている通りに「天国や地獄はない」と言い、「我らの神、主は唯一の主である」と申命記6章を引用して、「三位一体は聖書に書かれていない」、「エホバは唯一であるから、イエスは神の子であるが神ではない、だからイエスを礼拝してはならない」と教えています。「唯一(エハード)」と書かれている聖書の言葉は、創世記で「民は一つで」と記されている言葉と同じです。
また「神(エロヒム)」も複数名詞です。三位一体は「父と子と聖霊の御名によってバプテスマを施す」事を、イエス様自らが語られています。イエス様が「私は神ではない」と言っていたならば十字架にかけられなかったと思います。
復活のキリストを見たトマスが「我が主、我が神!」と告白していますが、イエス様はそれを拒否されませんでした。
イエス様を信じる信仰によって私たちは救われている事を確信しましょう。
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