信仰何でもQ&A 質問No.025
「福音の光」2002年2月号掲載 
  質問神様がお怒りになる人物とは、どんな人なのか教えて下さい。  

回答  マックス・ルケード著「神の恵みの手」という本の中に、一つの話があります。
自分の娘のボーイフレンドと肉体関係を持つようになったある母親と青年の話です。
彼らは自分達がしている事を、悪い事をしているとは認めず「愛し合っている、自分の体は自分で勝手に自由に使えるものだ」と主張しています。
この例話は別としても、私達は、絶対的な善悪の基準が相対化している時代に生きているのではないでしょうか。
 人は何故、あってはならない不自然な行動に走るのでしょうか。
 先ず第1の大きな原因は、神様というお方の存在を認めていない所から来ているのではないでしょうか。
例え神様の存在を認めていても、「天の高い所にいる、人間とは疎遠な存在」と見たり、神様を寛大な愛なる存在とし、「人間の悪や罪については、目をつむり大目に見てくれるもの」と考える訳です。
 しかし、聖書には 「人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されている」と書かれています。
つまり、神様は、姦淫や殺人、盗みや欺き等、人間の罪を見て、無反応でいるのではなく、怒りを持って見ておられるのです。
人間の怒りは感情によって左右されますが、神様の怒りは神様が聖いという、その性質から来ています。
神様の目は清く、悪や不正を見ることが出来ないのです。
神様の怒りをルケード氏は、子供が傷つくのを防ぐために注意する父親に譬えています。子供達を台無しにするような悪を見て、「誰が怒らずにおられるでしょうか」と。
 私達の社会の中にも子供達をダメにする多くの悪が存在していますが、私達はそれらに怒りを覚えているでしょうか。
聖書の神様は私達人間と深く関わっておられるお方です。聖いお方で悪に対して、怒りを覚えられるのです。
 神様の怒りは、人間の偶像礼拝、不従順、偽善、不当利得、暴利商人主義にも向けられています。
しかし神様の怒りは、同時に、神に背を向け、無視し、罪と不従順の中に生き続けていこうとする私達一人一人にも向けられているとあります。(エペソ2章3節)
 聖書の素晴らしい知らせは、この人間が受けるべき神様の怒りが、人間に下されたのではなく、御子イエス・キリストの上に下されたということです。(ローマ5章9節)
 それはキリストを通して、救いを得ることが出来るためです。
あなたはもう神様の怒りを受けないですむ者とされていますか。
 神様の怒りは、悪を行っている者にとっては、心から恐れるべきものですが、人が人として義しく生きるための基準となります。
神様を畏れ敬いつつ生きる人生の新鮮な清さを、あなたも経験されるように祈ります。
 
 

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