信仰何でもQ&A 質問No.026
「福音の光」2002年3月号掲載
  質問青年の頃に後遺症を伴う事故に会ったり、最近受けた試験にも不合格したりと、本当に神様に愛されてるのか不安です。  

回答  若くして事故に会い、試験にも不合格、色々と好ましくない事態が起こっている訳ですね。そんな時、ふと「本当に私は神様に愛されているのだろうか」疑問が沸いて来る訳ですね。家が仏教でとありましたから、先祖の崇りかと不安になるとのこと。
まず最初に覚えておきたい事は、様々な試練が神様を信じている者にもやって来るという事です。(ヨハネ16章33節)
その時、見える状況に左右されてはいけないという事です。
 聖書は試練にあった時、それをこの上もない喜びと思いなさい、と勧めています。(ヤコブ1章2節、第1ペテロ4章12〜13節)
何故、試練を喜べるのでしょうか。
神様の愛というのは、私達の側の状況の変化によって変わるものではないからです。神様が信じる者を愛して下さっていること、味方であること、いつまでも共にいて下さること等は、疑うことの出来ない真理なのです。(ヨハネ3章16節、ローマ8章31節、マタイ28章20節)
たとえ思いがけない事件が起ったとしても、神様の愛は、変わりがないのです。
 パウロという人は、これを確信している人でした(ローマ8章35〜39節)。
イエス・キリストの十字架の死によって、クリスチャンは神様を恐れる者ではなく、神様との平和を持つ者とされたのです。
 しかし、現実は神様の愛を疑わせる様な事が起こっている、と言われそうですね。
 空の鳥が守られ、野の草が保たれる様に、神様の愛の配慮を感じられない、とも書いておられますね。
そんな時、まず、祈ることです。
「何も思い煩わないで、あなた方の願い事を神に知って頂きなさい」 (ピリピ4章6〜7節)とあります。
そうした時、人の全ての考えにまさる神様の平安が与えられます。この平安の中にいる時、神様の愛を感じさせる出来事が見えてくるようになります。
 弟子達は、嵐の中で新しいイエス様を発見したのでした。(マタイ14章22〜33節)
思いがけない所から、神様の愛を感じさせる事柄がやって来ます。友から、人の親切から、聖書のみ言葉から等々。
「試練と共に脱出の道も備えて下さいます。」とは聖書の約束です。(第1コリント10章13節)
あなたの今は、神様の手を感じさせない事が多く起こっている様に見えるかもしれません。
イエス様の弟子の一人、ペテロに語られた言葉を心に留めておかれたらどうでしょうか。
「私がしていることは、今はあなたには分からないが、後で分かるようになります」(ヨハネ13章7節)
神様を信頼し続けていって下さい。
神様の素晴らしさを、改めて教えられることになります。
 
 

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