信仰何でもQ&A 質問No.027
「福音の光」2002年4月号掲載
子供が幼い頃、子連れで離婚をしました。(当時はクリスチャンではなかったのですが、)
成長した子供は、20歳を過ぎ、受洗もしていますが、今も深く傷ついています。
どのように対処していけばよいでしょうか。
子供さんが小さい時にどのような事情であれ、離婚という厳しい現実を経験され、20年間も子供さんを育ててこられたということは、並大抵のことではありません。
しかもその間に教会に導かれ、救いの恵みにあずかられたことは素晴らしい恵みであると思います。
信仰継承について悩んでいる方が多くおられる中で、親子共にクリスチャンであられること自体大きな証しではないでしょうか?
そのことを踏まえた上で考えてみたいのですが、それはこれからのことです。
子供さんが「悲しみの中で祈っておられる姿を見るのが辛い」とのこと。いつまでも果てなく子供さんが悲しみや怒りなど否定的な感情を持たれた時、常に親が罪悪感に苛まれることになるのでしょうか?
子供さんにとっては確かに辛い体験をされたことと思います。それこそ子供は親を選ぶことが出来ないのですから。
しかし、私たちが今置かれている場所や状況に生まれ育ったのは私たちのせいではありませんが、それにどのように対応してゆくかということは自分の責任です。
子供さんが否定的な感情を経験される度ごとに、果てしなく親はその感情の責任を取り続けなければならないのでしょうか?
周りが責任を取るということは、子供が犠牲者の立場になり続けることとなり親や周りを責め続け、一生、非難ゲームを続けることもあります。
結果的に愛情を持って関わったつもりが、依存心を強化して逆に自立を遅らせてしまうこともありうるわけです。
子供さんは成人しておられるとのこと、親としては「何が自立を助けてゆくのか」を考えた方が良いと思うのですが、如何でしょうか。
「互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい……人にはおのおの、負うべき自分自身の重荷があるのです。」(ガラテヤ6章2、5節)
現実はそう簡単にはゆかないことと思います。子供さんが全ての問題を抱えているように受け止めて凝られますが、親子関係の問題ですから、子供だけではなく親自身が抱えている問題も当然あるわけです。
紙面の都合で詳しくは説明出来ませんが、この時期、親自身が「何を恐れ、不安に思っているのか」「一体自分は何に傷ついているのか」、もう一度知り、気づいておく時でもあるのではないでしょうか?
守られ、時至って「全てのことを益として下さる神の恵み」を味わわれますように、お祈りいたします。
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