信仰何でもQ&A 質問No.030
「福音の光」2002年7月号掲載
神様は、
なぜ私たちに試練や困難を与えられるのですか。
私は「阪神大震災」の被災者の一人です。私の住居は震度7の地域の東端、建物は建っていましたが部屋を移動できない状況でした。家族、知人やまた地域の方々の安否の確認から始まり、その後の3ヶ月ほどは被災者の人々とともに教会堂で過ごしました。今も被災者の方々の復興のためにともに歩んでいます。
そのような驚くべき出来事の中で、多くの被災者の方が話されたことは、「なぜあの方は亡くなり私が生きているのか?」という問いです。
偶然ということばでは納得ができないのです。しかし同時に声を合わせて言われたことは、「私たちは生きているのではない。生かされている」ということです。
あなたは、今大きな苦しみの中におられるのでしょうか。
「なぜ」という問いの答えは本当に難しいと思いますが、私もそのような苦難の中を通ってきたことからお話ししてみます。
聖書 ヤコブの手紙の最初の箇所に、驚くべきことばが記されています。
「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」(ヤコブ1章2節)
ところがその後にこのように続きます。
「信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたたがは知っているからです。」(ヤコブ1章3節)
最後に、「知っている」とありますが、私たちは困難について、いくつかの事実を知っていることが大切だと思います。
一つは、困難は避けられないという事実です。生きている限り困難はあります。大切なことはそれに対する姿勢ではないでしょうか。
二つ目は、困難は予想できないことです。その時や内容がわからないので準備ができません。
三つ目は、困難には多くの種類があることです。私たちの体験する困難はそれぞれ違うので、他の人には理解されにくく、また他の人の困難は理解しにくいのです。
そして最後に四つ目は、困難には意味があるということです。
聖書は、私たちの人生に意味のない困難、試練はないと教えています。
それでは、苦難を通して人私たちが得られるものとはどのようなものでしょうか。
続いて聖書「ヤコブの手紙」から見てみましよう。
第一に、神様に村する信仰を試します。(ヤコブ1章3節)
第二に、懲たちの忍耐を強めます。(ヤコブ1章3節)
第三に、私たちの品性を整えます。(ヤコブ1章4節)
確かに苦難それ自体は避けたいものですが、苦難を通してでなければ得られないことが、人生にはあるということは、多くの人生の先輩たちも証言していることです。
最後にみことばを記して、あなたに神様の励ましと祝福がありますようにお祈りします。
「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す」(ローマ人への手紙5章3〜4節)
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