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| 2005年6月5日(主日) |
聖書の箇所:イザヤ47章1〜15節/ 年間通読:列王上15〜17章 |
「その名を万軍の主といい、イスラエルの聖者である。」(4節)
バビロンの破滅の預言が記されている。
なぜ破滅なのか。一つは、主が罰してバビロンに渡したイスラエルにあわれみを施さないからである(6節)。もう一つは、楽しみにふけり、終りの事を思わないからである(7,8節)。
そしてバビロンを救う神はいない、人もいないと語られている。全地の統治者、全くきよい聖なるお方。終りの時に私たちは、この主の前に立つのである。誰が立ちうるだろうか。
だがキリストによって新しく生まれた者は「われわれをあがなう者」(4節)と呼ぶことができる。ハレルヤ! |
| “主よ。全く汚れた者が「主」にあがなわれたことを感謝します。アーメン” |
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