|
|
| 2005年7月13日(水) |
聖書の箇所:エレミヤ19章1〜15節
年間通読:ピリピ3,4章、ネヘミヤ1,2章 |
「陶器師の器をひとたび砕くならば、もはやもとのようにすることはできない。」(11節)
エレミヤが人々の前で陶器を砕き、主が聖なる町としたエルサレムとその住民が砕かれて、捨てられると預言したところである。
恵みに富み、あわれみに富む創造主は、人を滅ぼすことのできるお方でもある。だが決して、ご自分の権威を表わすためや一時の気まぐれで怒りを表わすお方ではない。何度預言者を遣わしても強情で主の言葉に聞き従わないからである(15節)。
この強情な私のためにキリストを遣わし、私の代わりに砕いて下さったと信じるところに救いがある。今は恵みの時である。心砕いて主に立ち返ろう。 |
| “父よ。キリストが砕かれ、私は赦されました。アーメン” |
|
|