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| 2005年8月4日(木) |
聖書の箇所:エレミヤ41章1〜18節/ 年間通読:詩篇3〜7篇 |
「八十人の人々がそのひげをそり、衣服をさき、、主の宮にささげようとした。」(5節)
亡国と捕囚に大いなる嘆きを表わし、主を礼拝しようとした人々が暴虐によって殺されてしまった。悲しい現実がある。
この世紀も多くの殉教者が出ている。真実であっても弱い者は不幸にあい、不真実であっても強い者が勝利者に見える。
だが霊の目を開いてみると、主が共におられないならば、勝利者であっても恐れに満ちていて(9,15,18節)平安がない。そして滅びが定まっている。
一方主と共にある者は弱く見えても平安がある。「小羊の婚宴に招かれた者はさいわいである」(黙19:9)。 |
| “主よ。生も死も司るお方にしっかりと根を張り、平安がありますように。アーメン” |
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