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| 2006年4月7日(金) |
聖書の箇所:使徒 14章1〜28節/ 年間通読:申命記33,34章、使徒1章 |
「主は、彼らの手によってしるしと奇跡とを行わせ、そのめぐみの言葉をあかしされた」。(3節)
“めぐみの言葉”とは祝福の言葉でもある。しかし、言葉が言葉で終わってしまっては説得力に欠けるのである。その裏づけが必要である。それがしるしと奇跡であった。しかし、それは主が行わせたのであった。
勿論、今も神さまは必要に応じて、このようなしるしと奇跡とを行わせてくださるが、時代や地域によってめぐみの言葉への証は異なってくるといってよいのである。罪びとの救いはしるしであり、奇跡でもあるのである。 |
| “主よ、言葉にともなう証として、しるしと奇跡を顕わしてください。アーメン” |
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