不思議な心の働き

 
心という文字
 心という文字を辞書で引くと、まず「人間の精神作用のもととなるもの」とあり、“心可笑し”とは、「心がおかしく感じた時、人は笑う。」とありました。笑うことは、耳や目を通して見たり聞いたりしたことを、心がおかしさを感じた時、その表に現れるもののようです。
 10代の頃はよく笑いました。それは心が感じ易い、柔らかな状態であったからです。
しかし子供でも、柔らかな大人たちの心に接することが少ないと、心が頑なになって笑えない子も増えているようです。心は愛に包まれている時、いつも感じ易い柔らかな心でいることが出来るからです。
 ヨハネというイエス様の弟子は、イエス様から「蕾の子」と仇名をつけられるほど、頑なな心の持ち主で、いつも腹ばかり立てていた人でした。しかしそのヨハネの晩年は「愛の使徒」と呼ばれるようになりました。
その心は、いつも“神の愛に包まれて”人との関りの中で、いつも柔らかな心で接する人とされたからです。
愛という文字は、神の愛を私の心の中に受ける時、感じるものです。その心は柔らかな肌ざわりのあるのものです。
 あなたの心は頑なでしょうか?温かな柔らかでしょうか!?

 

神を見る政治家 ダニエル
  政治家が、二心のない人が立つと、社会の中に安心できる雰囲気が拡がります。日本でも小泉さんが首相になっただけで、株価が上がったり、希望を持てる人が出現したのは、その良い証拠です。安心しても大丈夫な人を、社会は求めています。
 どんな時でも安心して生きられる人生は、“どれだけ真実な人と接しているか”にかかっています。
 世界が統一的な国造りに成功したのは、アッスリヤからペルシャが世界を支配した時からでした。そしてその中心人物がダニエルという政治家でした。
 ある時、悪い政治家たちの企みによって、ダニエルは飢えたライオンの穴の中に投げ込まれることになりました。しかし、ダニエルは悪い政治家たちの企みを知りながらも、神と人に誠実に生きて、その罠に陥りました。しかし、彼の心は、誠実な神によって「安心」そのものでした。神の誠実な力は、飢えたライオンたちさえ、その食欲を越えて、ダニエルを良き友のように迎えました。
 人の心は、誠実に触れる時、誠実に生きる豊かな人生を歩かせるものです。この平安な心こそ、イエス・キリストによって実証され、提供されています。

 

心を変えられた人たちの集り
 教会には、心を変えられた人と、心を変えようとしない人が集まっています。心を変えられた人たちは、毎週の集りでいつも心が変えられた幸いを憶え、感謝し、喜び、賛美の歌を歌いながら、心が変えられた幸せを人々とともに分かち合っています。
 神の恵みによって、心を変えられることを、聖書は「私たちがキリストに接ぎ合わされた」と表現しています。
 故郷の家の庭に、おいしい柿の実を沢山稔らせる柿の木があります。最初その柿の木は渋柿の木でした。ところが大きくて甘くおいしい「次郎柿」の枝を接木したところ、それから5年ほど経ってから、実をつけた柿は、接木した「おいしい柿」でした。
 使徒パウロは、迫害者サウロと呼ばれた恐ろしい心の持ち主でした。自分でさえ、自分の心の恐ろしさのために、悩み続けた人でした。
ところが、「イエス・キリストの十字架の死は、私の罪の代価を払うための身代わりであった」と心の中に受け入れた時から、その心はキリストのいのちの力が注がれた人としての変化が始まり、やがてキリストのような考え方をもって生きる人とされました。
 誰でもキリストにあるならば、その人は新しく造られた人です。あなたの心にキリストの思いを接木してみませんか。その事実を教会に来て実際に体験しませんか。

  


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