
鳥の王者
旧約聖書に登場するモーゼは、ある時、断崖絶壁の岩の途中にある、鷲の巣を見つけました。
モーゼは、母鷲が生まれたばかりのひな鷲を自分のすべての力を注いで育てる姿に感動しました。
ところがある日突然、母鷲は非常に厳しい態度で、ひな鷲を突付き始め、ひな鷲を断崖絶壁から突き落としました。
飛べないひな鷲は、羽をバタバタさせながら、谷底に叩き落されてダメになると思った瞬間、母鷲は急降下して、その大きな羽でひな鷲を受け止め、断崖絶壁の岩の上にある巣に連れ帰ってくれました。
そして次の日もまた母鷲は、ひな鷲を巣から谷底に突き落としました。
何度も繰り返しているうちに、ひな鷲は自分の羽根を上手に動かして、谷底に落ちる今まで
とは全く違って、大空に向かって羽ばたくことが出来るようになりました。
感激して鷲の母子を見ていたモーゼに対して、主なる神は「鷲がひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように、主はあなたがたを導いた」と、教え示されました。
すべての神によって創造されたものは、成長する時のために、神は今までの自分の生き方では通用しない、強くて豊かな力を使えるものとなるよう、お導きになられるお方です。
でもすべてのひな鷲が、事由に大空を飛べるようになる訳ではありません。我がままで臆病なために、いつまで経っても羽ばたこうとしないで母鷲に甘えてばかりいるひな鷲は、所定の回数が経った後は、保護が受けられなくなって谷底に激突して死んでしまうのです。
すべての人々にも、人間として強く心豊かに、しかも自由に大空を羽ばたく鷲のような力強い人生を用意して、飛び立たせて下さる神。
そこに不思議なかみの愛の力を授かる人の生き方が見られるのです。
あなたは、この神の不思議な導きと力とをご存知でしょうか。
喜劇王 チャップリンの脱皮とその後
今でも世界一の喜劇王として、賞
賛されるチャップリンは、いつも古い自分から脱皮する機会を、いつも神が与えて脱皮できるよう導かれることを、繰り返して体験して、今までとは違った経験をする度に、新しい自分に脱皮して、笑いながら「神が用意された真理の世界」に人々を引き込んで行った人でした。
チャップリンが日本に訪問した時、時の総理大臣であった犬養毅さんの長男
犬飼健さんに案内されて、大相撲見物をしました。
その最中にひとりの人が犬飼健さんの処に来て何か耳打ちしました。その内容は彼の父親である総理大臣である犬養毅氏が、今、東京駅で暗殺されたという知らせでした。
チャップリンは泣き崩れる犬飼健さんを、あらゆる手を尽くして励まし、その処理に当たれるよう助けました。
この恐ろしい暗い力は、滞在中のチャップリン自身にも及びました。
ある朝、案内人に連れられて皇居前広場を散策している時、沢山の日本人が皇居の二重橋に向かってひれ伏して拝んでいる光景にぶつかりました。
案内人は「毎朝、日本人はこれをすると、気持ちがスーッとして元気に一日を過ごすことが出来るそうです。何事も体験ですから、あなたも私と一緒にやってみませんか。」と、ことば巧みにチャップリンに皇居遥拝をすすめました。
それはチャップリンの皇居遥拝の写真をとって、皇居遥拝を世界中に宣伝しようとする為に仕組まれた「罠」でした。
皇居遥拝は、皇居に住んでいる現人神である天皇を拝むための方便であったからです。
強要する案内人に、チャップリンは危機に立たせられながらも「私は偶像礼拝者ではない」と拒否しました。
しかし同時にチャップリンは、今までの生き方から大きく脱皮して、目に見えないものを見えるかたちで現すことが出来るようになりました。
それから1年余り経って発表した「モダンタイム」は、自分で作曲した音楽を入れたサウンド版でしたが、この喜劇を見た人々は、目に見えない自分の姿を見ながら笑い、自戒する体験を持たされました。
生きている神だからこそ、生きている自分を脱皮させて下さる。この神の不思議な導きに従って生きる時、人は神に似た者とされるまで、古い自分から脱皮して、人々のために必要な人間となるものです。
あなたも嫌な古い自分から脱皮する人生を歩いていますか。
サウロの回心
新約聖書の時代のユダヤ人は、今のユダヤ人のようにユダヤ教を信じているならばユダヤ人というような民族ではなく、血統を重んじるユダヤ人でした。その中でも特にベニヤミン族は、外国人とは結婚しないで、他国人と混血されていないことを誇りとする民族でした。またそれだけ尊敬もされ、また自尊心も強い人々でした。
サウロという青年は、その上旧約聖書を誤りのない「神のことば」と固く信じているガブリエル博士の最優秀の門下生でした。
だから「すべての人々がキリストを主なる神として受け入れるなら、神の子とされる」と教えるキリスト教を壊滅させる熱意を持って、激しく弾圧し続けました。
しかしサウロは自分の行く先で、いつも不思議な人々に会いました。
敵をも愛して、たとえ殺されることがあっても、殺す人を憎まないで、神の赦しを祈り求める人たちでした。
そのサウロが、ダマスコの町へキリスト教を潰すために行く途中、強烈な光に照らされ、そのために目が見えなくなりました。サウロはすぐに感じました。神の怒りを受けたことを。
しかし強烈な光を差しかけた御方は、「主よ」と神に詫びる心をもって呼びかけたサウロに対して、「私とあなた」の関係に立って、神に役立つ人生を用意して下さっている御方であることを、教え示されました。
その御方は、いつも「目の前に一緒に生きて下さる主なる神」でした。
自分の考えを拒否する者は、力づくで抹殺する生き方から、神の愛をもって接して、神の愛の力で喜びと感謝に変えてしまう、キリストの使途パウロと呼ばれるようになったのは、この神の導きを受け入れたサウロの変えられた姿でした。
あなたの全てを照らし出す、神の不思議な光を心の中に浴びた経験は、人を新しい使途に生きる人と変えるものです。あなたも本質的な面で変えられませんか。