信じる幸せ

 

 アプラハム・リンカーンが、アメリカ大統領に就任した時、選挙中の公約「奴隷は直ぐに解放する」こアブラハム・リンカーンとを、すぐに実行しました。
その公約は、アメリカを南北に分けた「南北戦争」という、多くの人々の血を流してまでも、主張し続けた犠牲の伴った公約でした。
 3百万人の奴隷たちは、リンカーン大統領から「あなたたちは、もう自由になりました。だから今から直ぐに今まで奴隷として仕えた主人であった人のところに行き、“私は自由になります。”と知らせなさい。そうすれば、あなたは奴隷としての悲しみや苦しみから解放されます。」とのことばを聞きました。
奴隷および廃止論者ソジャーナー・トゥルース(1777-1883)とアブラハム・リンカーン(1809―1865)。奴隷解放宣言を記念するためにボルティモアの黒人のコミュニティーによって作成された画像のひとつです。 しかし沢山の奴隷たちは、今まで奴隷として厳しく束縛されて来た体験があるために、リンカーン大統領のことばが信じられなかった為、自由の身となりながら、奴隷の生活を続けました。
しかし、リンカーン大統領のことばを信じて、主人に申し出た人々は、自由の身となり、喜びと感謝の心で他の奴隷にもアブラハム・リンカーンのことばを伝えました。
 聖書は、「罪を犯す人は罪の奴隷です。」と告げています。罪の力は、自分の求める善は行えず、逆に望まない悪に心を動かさせて、“罪の奴隷”としています。
 しかしどんな人でも、キリストの『十字架の死』が私のために払われた尊い犠牲の死であったことを、信じて心に受入れる時、奴隷解放のメッセージを聞いて信じた人々のように、罪の力から解放されて、神の愛を信じて、善と聖い人生を生きる者とされていることを体験するのです。そこに、信じる幸せの泉が湧き溢れるからです。
 
 
「メンソレータム」で有名な「近江兄弟社」は、ウィリアム M.ヴォーリスによって創立されました。そして今も「メンターム」の発売元として、また、ヴォーリズ建築事務所や高等学校などの経営を、キリスト教精神をもって推し進められています。
 ヴォーリスは、明示38年、滋賀県の近江八幡に住んで以来、昭和39年に地上の生涯を終えるまで「神は私を必要としている」ことを自覚して生きた人でした。近江兄弟社「メンターム」
 彼は見知らぬ日本で、近江商人を育てた近江八幡商業学校の英語教師から始まった生活の中で、いつも宣教師として神に信じられる人の幸いに応えて働きました。
 いつもイエス・キリストから「信じない者にならないで信じる者となれ」と励まされながら大正9年「近江セールズ社」を設立し、その社名も「近江兄弟社」と改名しました。会社の利益はすべての人々を「兄弟」として信じて、病院のため、学校のため、図書館などの建設のために注ぎました。
後に彼の後継者となった岩原侑も同じ志を持って働き、倒産の危機から見事に回復する事も出来ました。
 イエス・キリストを信じて生きる人は、神のために必要な人として、神から信じられる心の豊かな人生を歩くことが出来る見本となりました。
神に信じられる人生を「神に遣わされた人生」と、聖書はそのすばらしい事実をもって証しています。
 
 
 キリストの弟子のひとりに“ペテロ”ホルマン・ハント作「戸をたたく主」という人がいます。世界中に“ペテロ”の英語読みである“ピーター”と親に名付けられた多くの人々がいます。それほど人々から親近感を持たれ、迎えられる人でした。
 ペテロはいつも失敗を重ねました。しかしいつもイエス・キリストが、彼を信じて下さった幸せを感じて生きました。
 イエス・キリストが不法な裁判を受けるために「ユダの裏切り」に会われた時、ペテロも同じように、イエス・キリストとの関係を否定してしまいました。そのひどさは「神に誓って言うが、私は知らない。」と告げたほどでした。
 しかし、“ユダ”と“ペテロ”の違いは、自分の罪を認めて悔い改めて、イエス・キリストにより頼むことが出来るかどうかの違いでした。
3度もイエス様を裏切った心の痛みの中で、ペテロは「あなたが立ち直った時には、兄弟たちを励ましてあげなさい。」とのイエス様のことばが、自分のために語られたことを思い出して、泣きながらも、十字架を背負って歩かれたイエス・キリストについて行きました。それは、「人を赦すことは3度までですか?」との質問に「7度を70倍赦しなさい。」を教えとされた、信じてくださるイエス様の愛の力に支えられる人生となりました。
 イエス様を「私の神、私の主」と信じる人は、自分でも信じられない「この私」を、まずイエス様が信じて下さっていることを体験できる「信じる幸い」な人生を歩けます。
 


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